日記・コラム・つぶやき

December 01, 2007

デザイン変更のお知らせとともに・・・、

生存報告もしておきます。
あまり、内容のないことは書きたくないのですが、前の記事から、あまりにも間隔が空いているものですから・・・。
別にここを止めるつもりはありませんが、他との優先順位との関係(それはここでは、内緒)でちょっと手が回らなくて・・・。

書きたいことや、書かなければならない(と自分ひとりで思っている・・・義務じゃないけど)ことはたくさんありますが、この場所に乗せるだけのものに仕上げることができなくて・・・と自分でハードルを上げていて、良くないのかもしれませんね(^^ゞ。

12月にも入りましたので、冬仕様(&クリスマス仕様)のデザインに変えてみました。これは、ココログが提供しているリッチテンプレートから選んだものです。パッと見て、イイな、と思って、調べてみたら、前のデザインと同じ作者さんのもので、一層気に入って、12月からのデザインに決定しました。
下にサンタさんの絵があるから、クリスマスを過ぎたら、これを続けるわけには・・・と思うと少し残念なくらいです。

ちなみに、12月24日を過ぎると、自分がここココログでブログを「本格的に」始めてから一周年になります。何か記念企画を・・・と行きたいところだけど、そんなことをやっている場合じゃないかも。


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June 14, 2007

リニューアル・オープンに向けて・・・

 この記事を上げるということは、実質的にはブログの更新を再開したことになるかもしれません。でも、あくまでもこの養蜂場は、現在改装期間中なんです!!

 しばらくお休みをいただいた後、リニューアルオープンに向けて、店舗内の改装作業や営業戦略の練り直し、更にはスキルアップのための実地研修(リハビリと言った方がいいかも・・・:6月16日0:30追記)に勤しむ毎日です。
 このお店の中は、しばらく流れが止まっていたように見えるかもしれませんが(・・・コメントの返信[こちら]をしているから、そうでもないか?)、あそこで復活宣言を出してから、見えないところではイロイロなことが進行中です。
 リニューアル・オープンの期日につきましては、次回の投稿でお知らせできると思います。



 さて、続きでは自分の気持ちを書かせていただきました。前回の記事でのコメントで既に語っていることなのですが、記事本文でもキチンと書いたほうがいいと思いましたので、あまり重複しすぎることが無いような形で書きました。読んでやってもいいぞ、と思われる方はお進みください。

Continue reading "リニューアル・オープンに向けて・・・"

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May 19, 2007

自己紹介というのが・・・

非常に苦手な人間です(^^ゞ。 自分のことを語ること自体が苦手というのもありますが、一言で明確に説明できる特徴が存在しないというか、そんなものに自分が納められることに抵抗があるというか・・・。 ・・・要するに、自分でも良く分からない、のです。

 ・・・というのは、このブログのプロフィールページからの引用。つい最近までは、最初の一文(つまり「自己紹介というのが非常に苦手な人間です」)としか書いてありませんでした。さすがに、これだけだと、内容も内容だし、素っ気なさすぎ、ということで、言葉を付け加えましたが・・・。
 要するに、自分のことを、自己紹介という改まった場(?)で自分から積極的に語ることが、非常に苦手なのです。一体何を語ったらいいのやら・・・。ということで、未だに試行錯誤中のこのブログらしく(^^ゞ、これについても少しずつ作っていくつもりでした。

 それはそれとして、僕のネット上の居住地(?!)の@niftyさんから、新しいプロフィールサービスとして、「アバウトミー」というサービスが始まりました。
 このサービスの全体像をまだ完全には理解しきっていませんが、質問に答えていくのが結構面白いです。自分で何を語ったらというのを迷ってしまう自分にとっては、与えられた質問にお手軽に(しかも楽しく!!)答えていくことがでくるというのは、都合のいいことです。時間を見つけては、質問に答えています。
 果たしてこれで自己紹介になっているか?、というと、正直言うと疑問ですが、でも自分が楽しめるからアリかな、と思います。

 このブログの右サイド上方にブログパーツとして設置してありますので、そちらから僕のプロフィールページへリンクされています。よろしければ、ご笑覧くださいませm(__)m。ちなみに、このブログの従来のプロフィールページについても、気が向いたら書き足していくつもりです(^^ゞ。


 でも、自分としては、このブログの記事を読んでいただけば、自分のことを最も理解できる・・・、そんなブログにしたいと思っているのですけどね。

 


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May 11, 2007

「『キューティーパイ』萌え萌えライブ」再論、または、私的「萌え」論序説 番外編~ケーススタディ~



 さてさて、辺境の地の森の中で、ひっそりと営んでいるこの養蜂場。訪れる人も少なく、商品を購入してくれる人(=コメントを残してくれる人のことです)は更に少ないのですが、それでも毎日やりがいを感じて、この養蜂場を営んできました。
 そんな中で、この養蜂場始まって以来の大注文が舞い込んできたのです。今まである商品では、その注文には対応できないので、改めて新しく商品を開発することにしたのでした(・・・って、何をどう比喩しているか、分かりますでしょうかね・・・巧く表現できなくてゴメンナサイ、別に分からなくても、本文を読んでいただければ事情は把握できるかと思います)。



はじめに~この記事が生まれる経緯~


 さて、今回の記事は、5月1日に行われたCutie Paiの競輪場でのイベントについての感想の再論になります。具体的には、イベントのタイトルに入っている「萌え萌え」および「萌え」という言葉をめぐる考察になります。


 まず、この記事を書くに至ったのかについて、その経緯を説明させてください。はじめの前書きだけでは、訳が分からないでしょうしね。
 あの日のイベントの感想は、「『萌え萌え』とかじゃなくて」というタイトルで書きました。イベントタイトルを全否定しかねないような記事のタイトルを付けたことに、ちょっと不安を覚えましたが、記事の内容と合わせれば決して(僕の意図が)誤解されることはないはず、と思っていました。

 ただ、「萌え」という言葉については、自分なりのスタンスを固めておく必要があるのかな、とも思って書き始めたのが、「私的「萌え」論序説(1)~はじめに~」という記事になります。こちらは、自分が好きなもの(Cutie Pai)に対して修飾する言葉を(本能的に)拒んでしまった「萌え」という言葉をめぐって、いろいろ考えようとする連載企画です。


 こうして、「『萌え萌え』ライブ」をきっかけとして、一連の記事を投稿したら、思いがけない反響をいただきました。「私的「萌え」論序説(1)」に対して、紅薔薇さんから、大変充実したコメントをいただきました(こちらをご覧ください)。お返事でも書きましたが、訪れる人の少ない辺境ブログに頂くには勿体ないほどの内容です。直接は、「私的「萌え」論序説(1)」へのコメントなのですが、内容的には、Cutie Paiと「萌え」という言葉との関わりが主たる内容になるかと思われます。それに対してキチンとお返事しようとしたら、独立の記事になるほどの分量になりそうなので、こうして新たな記事として論じてみることにしました(それ以外の部分に対するお返事だけでも、随分な分量になってしまっていることだし・・・)

 ということで、5月1日のCutie Paiのイベントについて、前回の記事(「『萌え萌え』とかじゃなくて」)を投稿してから考えたことや、頂いたコメントを踏まえてもう少し考えてみたことを書いてみようと思います。

 最初に書いたとおり、イベントのタイトルに入っている「萌え萌え」および「萌え」という言葉をめぐる内容です。既に終わってしまったイベントのタイトルについて、こうしてこだわっているのも、正直言ってどうか・・・とも思います。タイトルなんて、「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」・・・なんてことを言われてしまうかもしれません(^^ゞ(・・・別に僕は偉い人じゃないけど・・・)

 もう1つ、「私的『萌え』論序説」の番外編としての位置づけもあります。まだ「萌え」について本格的には何も論じてはいませんのに、いきなり番外編というのもおかしな話かもしれません。ただ、スタンスがまだ明確になっていない今の段階で、「萌え」という言葉に対して自分が感じることを、きっかけとなったCutie Paiのイベントからを考えるのも、無駄ではないと思うのです。ですから、Cutie Paiのイベントをケーススタディとして、萌えに対する自分の暫定的なスタンスを明らかにしておく、という目的も付与されるわけです。


 以上、今回の記事が生まれる経緯を説明しました。Cutie Paiによるライブと「萌え萌え」または「萌え」という言葉との関わりについて論じていきます。ここでの問題を、2つに整理してみました。1つは、Cutie Paiに「萌え」という表現を用いることは、はたしてアリなのか?もう1つは、「萌え萌え」とかじゃなければ、いったい何なのか?・・・ということになります。




出発点としての「萌え」


 ここで考えるのは、Cutie Paiに「萌え」という表現を用いることは、はたしてアリなのか?・・・ということです。

 といっても、そもそも、そんなことは誰かが裁断するような問題ではないので、あくまでも僕にとってアリかどうかということになります。しかも、その結論自体よりは、その結論に至るまでどう考えたかを(読んだ人には)評価してほしい、とも思います。更に、
Cutie Pai一般というのは荷が重過ぎますので、今回のイベントに絞って考えていくことにさせていただきます。


 さて、実は答えは既にタイトルに出してあります。「出発点としてならアリかも・・・」ということになるかと思います。


 今回のイベントのタイトルを初めて知ったのは、会場となる競輪場のサイトでした。この言葉を見たときは、「萌え萌え」という言葉に凄く複雑な気持ちを感じましたが、それでも、分かりやすさを考えると、まぁこういう表現になるよなぁ・・・とも思いました。
 この言葉に具体的にどんな意味が含まれているか、と問われると非常に困るかもしれませんが、それでもこの言葉に何らかの勢いが含まれていることも事実だと思います。だから、その言葉によって人々が興味関心を引き付ける何かがあるのかもしれない、と期待することは、決して間違っていないのかも・・・と思います。

 あの会場で、「萌え」という言葉が人を引き付けるというのか、という問題はあるかもしれませんが、逆に、ああいうアウェイな会場だから有り得るとも思います。例えば、アキバで「『萌え萌え』ライブ」と銘打っても、そのタイトルだけで、果たして人を引き付けることが出来るでしょうか?「萌え萌え」なもので囲まれている場所で、そんなタイトルを掲げてもインパクトが弱いだろうし、かえってそのセンスが疑われると思うのですが・・・。

 あと、これは消極的な理由になるかもしれませんが、「萌え萌え」という言葉以上に多くの人を引き付けるタイトルがあるのか、という側面もあります。私は、今のところは、思い浮かびません。


 だから、「出発点としては」アリなのです。




 しかし、「萌え萌え」という言葉によって、ある程度の人々を引き付ける可能性が期待できる一方で、その言葉によってかえって反発する人々もいることも事実だと思います。それは、「萌え」という言葉に対して、どこかネガティブなイメージを持っている人々です。
 コメントを頂いた紅薔薇さんの発言によると、

 結局『萌え』といった言葉を使った瞬間に物凄くそのモノの価値が安くなってしまうような気がするのです。恐らくその辺の意識が彼女達を『萌え』と呼ぶことに対する嫌悪感になって現れていると思うのですが…

とありますが(こちら)、これはそういった人々の思いを的確に表現していると思います。


 こうしたスタンスを説明するのに、これ以上の言葉はないかもしれませんが、僕の場合で説明すると、こうしたことも感じました。

 もし、知らない誰かが、こうしたタイトルでイベントをやったとしたら、例え無料で時間的余裕もあってすぐ近くの場所で行うことを知らされても、それに行くことはあまりあり得ないな、と思います。もし、何かのそのイベントに参加したとしても、かなり懐疑的な思いを抱きながら見始めることになるかと思います。

 何故かというと、紅薔薇さんがおっしゃるような、「萌え」という言葉に含まれる安っぽさというのもありますが、もう1つ、外から与えられる「萌え」への違和感というのもあります。今回の場合、更に「萌え萌え」と、言葉を二つ重ねた言葉がタイトルとしてつけられることによって、どこか感情を押し付けられるような感じもするのです。


 これはこれから考える必要があるかもしれませんが、本来「萌え」というのは、自分が内発的にその対象から見出していくものだったですが、その言葉が流行して定着してしまうと、自ら見出す前に既にその言葉がレッテルとして貼られてしまっている、という側面があります。そうなってしまうと、自分の中から沸き起こる感情を表す言葉としての「萌え」と、いう本来の勢いを持った意味合いから外れて用いられて非常に強く複雑な思いを感じさせたのかもしません(おそらく、こうした使われ方が増えていっていることも、「萌え」という言葉が安っぽくなった言葉になっていまっている理由なのかもしれませんね)。


 こうした場合、「萌え」という言葉でネガティブな印象を与えてしまうのかもしれません。しかし、この言葉はあくまでも出発点に過ぎないと考えれば、別に、それほど深刻なことではないのかもしれない、と言うことができます。この言葉で足を向けなくなってしまうとすれば残念かもしれませんが、これについては他にどうしようもできないと思います。
 しかし、少なくとも違和感を持ったとしても、実際のステージを見れば、「萌え」という(こういった人々にとっての)ネガティブなイメージを吹き飛ばす可能性があると思うからです。ただ、こういう人々があの会場にそんなにいるのか・・・というと、皆無とは言いませんが少ないとも思います。そこまで「萌え」という言葉について真剣に考える人なんていないんじゃないかとも思いますし・・・。


 以上を踏まえると、タイトルの「萌え」というのは「出発点としてはアリ」ということになるのです。いろいろな足し引きをしてみたら、決してマイナスではなかったのかな、とは思うのです。ただ、あくまでもそれは出発点での話に過ぎないという評価です。それで、ある程度興味関心を引き付けるのであればラッキーだし、そうでないとしても、それはあくまでも入口に過ぎず本質部分じゃないから決して深刻ではないとも思います。
 ということで、出発点とか入口といったところから、どの本質部分へと話が移ることになります。そこでは、「萌え」という言葉はどうなるのかということは、次の項での話になります。




「萌え萌え」じゃなくて・・・再論


 Cutie Paiのライブに「萌え」という言葉を使うのは「出発点としてはアリ」だとは思います。しかし、Cutie Paiのステージの中身を表現すると、やはり「『萌え萌え』じゃなくて」という言葉を僕は選びたいと思うでのす。「萌え萌え」じゃなければ、何なのか?、というのがこの項の課題ですが、その前提として、Cutie Paiは何故「萌え萌え」じゃないのか?という問題もあるかと思います。それを踏まえたうえで、「萌え萌え」じゃなくて何なのか、ということを論じていこうと思います。

 このあたりについて、前の記事ではこう言っています(最後の方の段落です)。

 (会場の人々の心のどこかに刻まれるものがあったとしたら)それは「萌え」という今流行りの記号によって導かれた訳ではなく、毎回毎回のステージに際して、当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していったことの結果だ、とも思いました。

 実は、あの記事では、自分としてはこの一文が一番言いたかったことなのですが・・・。この記事では、この一文をもう少し詳しく説明していくことになるかと思います。


何故「萌え萌え」じゃないの?

 まず確認しなければならないこととして、「萌え萌え」じゃないと言っても、CutiePaiを否定的に見ているわけではありません。これは大丈夫ですよね。

 次に、Cutie Paiに萌えが全く見出すことが出来ない、というつもりもありません。これはどうでしょうか。「『萌え萌え』じゃなくて」なんて言い切ってしまったから、もしかしたら、そうは思っていいただけないかもしれませんね。
 その辺を巧く切り抜けるとすると、「萌え」というものが積極的に用いてこなかったような人間が、そもそも「萌え」が見出すことが出来るかどうか、なんて判断できるはずがありません。・・・といって逃げる切ることが出来るかどうかは分かりませんので、もう少し続けましょう。「萌え」が見出すことが出来るかどうか、なんて人それぞれの判断でしかありません(・・・というのも逃げですよね(^^ゞ)。ですが、世間一般的に言われていることをある程度踏まえて、自分が敢えて判断したとしても、いわゆる「萌え」の要素はあるとは思います(「萌え」を充分理解したとはいえない自分が言ったとしてもあまり説得力はないのですが・・・ということは承知の上で言っていることとご理解ください)。

 ただ、その要素を「萌え」という言葉の方向に持っていって表現しようとは思わないのです。たとえ、客観的にみて「萌え」要素があったとしても、主観的には「萌え」という言葉を使って、Cutie Paiのことを語ろうとは(現時点では)思わないのです。これが、Cutie Paiの本質部分における、第一の主張です。


 それでは、Cutie Paiを語るのに、何故「萌え」という言葉を使わないのか、ということが問題になると思います。それは「萌え」という言葉では、その素晴らしさを語るにはあまりにも頼りなさ過ぎるからです。

 「萌え」という言葉は、現時点で世間一般的に明確な意味を持っている言葉ではありません。また、この言葉を使う個々人にとっても、必ずしも明確な意味を持って使われている言葉というわけではないことも多いと思います。雰囲気的には、多くの人々を引き付ける勢いを持った言葉かもしれませんが、その具体的な中身については、明確で普遍的なものを見出すことが非常に難しいと(現時点では)思います。そんな不確かな言葉なんかでは、この素晴らしさを語ることはできないのです。これが、第二の主張になると思います。


 ただ、不確かな言葉であると思っているのは、「萌え」という言葉をキチンと理解していないからだ、という可能性はあるかもしれません。普遍的に通用する形で、もしくは僕個人が充分納得できる形で「萌え」という言葉に明確な意味を付与した上で、この言葉が使えないかどうか・・・というと、もしかしたら使うことが出来るかも・・・という可能性はあるかもしれません。そこは、もう少し考えようと思います。


「萌え萌え」じゃなければ、何なの?

 自分にとって、Cutie Paiの素晴らしさは、「萌え」という不確かな言葉で表すことができない、というか、表してはいけない、と思うのです。だとしたら、どうやってその素晴らしさを語るのか、ということになると思います。

 逃げるわけじゃありませんが、現時点で、これだ、と明確に言い切れる回答はありません。それを語るにはまだまだ未熟だと思います。このブログでこれまで書いてきたことと、これからいろいろなイベントを見たり、CDを聴いたりすることによって、それを具体化し明確にしていきたいと思っています。


 ・・・なんて言っていると、とても優等生でありきたりな発言で終わってしまうので、今回のイベントを素材にして、もう少し踏み込んでみたいと思います。


 「萌え」という不確かな言葉では、その素晴らしさは説明できない、と書きましたが、こう書いてしまうと、Cutie Paiの素晴らしさというのがどこか非常に特殊なところにあるような書き方になっているところもあります。あまりこういう方向に行き過ぎると、Cutie Paiだけが、他とは異なる特別な存在だという位置づけになってしまい、語っていて独善的になりそうな感じもします(・・・語っている僕自身が独善的になる、ということです)。

 しかし、僕自身は、決してそんな形を望んでいませんし、そうならないような形で表現しようと思っています(「萌え」という言葉に頼らないのも、そういうことがあるのかも)。できるだけ、自分が受け取った感動を、できるだけ広く普遍的に理解可能な形で表現しようと思っているのです。なかなか難しい課題だと思うし、上手く言っているかというとまだまだだと思いますけどね。


 そんな意識も背景に持ちながら、先ほど前の記事から引用した言葉で言うと、「毎回毎回のステージに際して、当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していったこと」というのが、Cutie Paiのステージの素晴らしさの本質の一端なのではないか、と思います。ここでいう「当たり前のこと」というのは、歌と踊りを通して目の前にいる人々を楽しませること、だと言えます。

 今回のイベントでは、その部分に関して、Cutie Paiというのは非常に柔軟性があるな、と思いました。いつもとは異なる客層というか雰囲気を持っていたイベントだったからこそ、それを見ることができたと言えます。端的には、曲の選択に表れていましたが、それだけではありません。

 凄く些細で、僕が読み込みすぎなのかもしれませんが、あのステージでは、「私たちは、見ての通り、お人形です」というお決まりの自己紹介を一切使わなかったことにも表れていたのでは、と思うのです。「萌え萌え」というのを追求するなら、あのセリフはアリというか必要とも言えるかもしれませんが、(いつものライブハウスでなく)あの会場で歌と踊りのステージで目の前にいる人々を楽しませるという目的にとっては、必ずしも必要なセリフではないと思います(むしろ邪魔・・・というと言い過ぎかも知れませんが、たぶん出てきたら引いてしまうかも)。どういうつもりで使わなかったかは、本人たちでなければ分かりませんが、「新人アイドル」(新人ねぇ・・・、という思いもありますが[笑])という分かりやすい言い方で自己紹介したところに、初めて目の前で見てくれた人々に対する柔軟な誠実さが表われていると思います。

 こう書くと、単に客に媚びているだけなのじゃないのか、という意地悪な見方も出てくるのかもしれませんが、決してそうではありません。今まで見たことがないようなタイプの雰囲気に合わせながらも、きちんと自分たちのスタイルも維持できる形で、ステージを作るあげることができているのが、Cutie Paiだと思います。だから、あの日のイベントは、いつもと違うところがあったとしても、やっぱりいつものCutie Paiと同じように充分楽しむことができたと思うのです。


 このように、毎回毎回のステージに際し、見に来てくれた人を幸せにするという当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していることが、「萌え萌え」という言葉を超えた、Cutie Paiの素晴らしさである、というのが、現在の暫定的な結論であると言えるでしょう。




結びに変えて


 「萌え萌え」という言葉とCutie Pai。入口としては「萌え」という言葉はアリだとは思います。ただ、Cutie Paiの素晴らしさの本質を、この言葉に頼っていては言い尽くせないと思うのです。「萌え」という言葉は、本当に素晴らしいものを語るには、あまりにも頼りなさ過ぎます。そして、Cutie Paiは、そんな頼りない言葉を用いるのではなく、確かで普遍的に表現な可能な言葉で表現していきたいし、こうした表現で表されるべき要素こそがその素晴らしさの本質だと思う・・・これが、今回の結論になります。


 ということで、ひとまず最後まで議論を持ってくることができました。まだまだ充分伝え切れていない点は多々あります。ですが、またどこかの機会で、こういった内容を語ることがあるかと思いますので、その時にはもっと洗練した議論をしたいと思います。
 もともと、最初の記事を投稿した後で、「『萌え萌え』じゃなくて」何なのか、という点については追記しておこうかとも思っていました。こういった形で、独立した記事になったのは、紅薔薇さんによる充実したコメントのおかげです。頂いたコメントから多くの着想を得てはいますが、今回の記事における考えの責任はあくまでも自分にあります(こんなに長くなったのも、ひとえに僕の責任です)。改めて感謝申し上げます、ありがとうございましたm(__)m。




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May 06, 2007

私的「萌え」論序説(1)~はじめに~



 先日参加したとあるイベント。短い時間ながらも充分に満喫したのでしたが、一点だけ引っかかった点が、それはイベントのタイトルにつけられた「萌え萌え」という言葉。その言葉に対して、どうもしっくり来ないモヤモヤとした気持ちは、イベントの感想を書くときにも影響しました。また、そのとばっちりを受けた形になったのは、「萌え萌え」だった司会のお姉さんへの表現。ちょっとまずかったかな、と思うとともに、そもそもなぜ自分が「萌え」という言葉にそこまで過剰反応したのか、不思議に思うのでした。
 ・・・というのが、これまでのお話。さて、今回のお話は・・・。


私的「萌え」論序説


はじめに


「萌え」という言葉の氾濫と私

 日本を妖怪が徘徊しています。「萌え」という妖怪が。・・・元ネタご存知でしょうか?、知っていたら知っていたで渋すぎなんですが・・・。
 とにかく、今の日本には、「萌え」という言葉が氾濫しています。2005年の流行語対象にも選ばれたこの言葉、様々な人々によって様々なシチュエーションで用いられています。一日の間で、一体何度、この言葉が発せられているのでしょうか?Yahooのブログ検索を使って調べてみました。Yahooのブログ検索を使って調べてみました。「萌え」という言葉でブログ検索すると、記事の総数で818,561件、一日以内の記事では、5,109件。また、この記事を書くきっかけになったといってもよい「萌え萌え」という言葉だと、総記事数で59,255件、一日以内の記事で371件でした(2007年5月6日23:04頃調べ)。この言葉が、相対的にどれだけ多いのかは分かりませんが、この言葉を日常的に用いている人々が、無視できない程度に存在していることは確かでしょう(・・・あまり根拠になっていないとは思いますが・・・)。


 一方、僕は、というとあまり積極的に使ってはいないと思います。その客観的な証拠として挙げると、このブログで「萌え」という言葉が登場するのは、わずか3回にすぎません。
 具体的には、今度開催されるコンサートのキャッチコピーとして、「ルーン魂で萌えあがる~ん♪」という言葉を取り上げたことが2回。そしてもう一回は、あるアニメのオープニングテーマ曲を紹介するときに、「いわゆる「萌え系アニメ」のオープニングらしい・・・」と書いたことです。

 「ルーン魂で萌えあがる~ん♪」というのは固有名詞といってもよく、自分の意思とは関係なく、そこに「萌え」という単語が入っているから、この言葉を使ったに過ぎません。また「萌え系アニメ」という言葉の場合も、そのアニメをカテゴライズする際にこの言葉を用いるのが一般的に理解されやすいかな、という判断で使ったまでに過ぎません。ですから、どちらの場合も、「萌え」という言葉を、自分の意思や感情を表すために用いたわけではありません。


 このように、僕は「萌え」というのは積極的に用いてはいない、ということができます。更に言えば、プラスの意味であれマイナスの意味であれ、「萌え」という言葉にあまり価値を置いていないんじゃないか、とも言うことができます。というか、むしろ感情的には否定的な価値の方が大きいのではないか、という気もします。そうでないと、「萌え萌え」という言葉に、そこまで過剰に反応するはずがないですから。

 でも、理屈として、「萌え」という言葉を否定的に感じる理由というのも、今まで思い浮かんでこなかった、というか、考えてこなかったのです。だから、どこか否定的な思いを残したまま放置しておき、この言葉を積極的には用いてこなかった、といえるのかもしれません。


この連載記事の目的

 お前が「萌え」という言葉を積極的に使わない、というなら、それでいいじゃないか、いちいちこんな記事を書いてんじゃない、と思うかもしれません。確かにそうかもしれません。でも、それだけで済ましていいのかという思いもあるのです。


 なぜかというと、この自分が日頃「萌え」という言葉で表現される対象に接しているからです。それなのに、「萌え」という言葉を積極的に用いないとすると、その対象をちゃんと理解できているのかという疑問も生じかねません。辛くないカレー、甘くないスイーツのように(この例えが正しいのかどうかは分かりませんが・・・)、その本質をちゃんと分かっているのかということにもなりかねません。

 また、「萌え萌えライブ」というイベントタイトルなのに、「『萌え萌え』とかじゃなくて・・・」なんて書いてしまって、果たしてよかったのかという思いも残っています(ここ)。内容としては、充分自信を持って書いてはいますが、さすがに(そのつもりはないにせよ)イベントタイトルの全否定というのはねぇ・・・。ちょっと、やりすぎかなとも思ったり、後ろめたさも感じたりしています。


 それはともかくとして、いずれの場合においても、そんな言葉を使わなくても、ちゃんとその良さを理解し、それを表現することができるぞ、と言いたいところではあります。でも、そうだとしても、なぜ「萌え」という言葉を使わないのか、また、使わなくても理解できると言い切れるのか、ということも説明する必要があります。別に説明する必要もないのかもしれませんが、自分の頭の中では理解しておきたいのです。

 こうした問題意識から、自分なりの「萌え」という言葉へのアプローチが今回の連載記事になります。そんな言葉を使わなくてもいいのではないか、という否定的に近いスタンスでは立っていながら、それにもかかわらず「萌え」の世界(・・・というのが、どこまでを指すのかも論点になりそうですが・・・)にはそれなりの程度入り込んでいる、という矛盾を、どのように説明できるのか?「萌え」という言葉に対する、自分なりのスタンスを求める思考の散策がこれから始まるのです。


 と、きれいにまとめたつもりですが、ここまででかなりの分量になって、一区切りが付いたので今回はここまでにしたいと思います。


 ただ、最後に1つだけ。この連載は、あくまでの自分のスタンスを確かめるためのものであり、他人様に対してどうこうと言うつもりは全くございません。他の人が「萌え」という言葉をどのように使っているのかは気になるところではあります。しかし、自覚的であれ無自覚的であれ、他人様がどのように用いていようと、私がとやかくいう立場にあるはずがございません。

 最初の書き出しで「妖怪」の例えを用いたので、書き終わりが「万国のオタク、団結せよ」とかいうタイプの文章だと思われるかもしれませんが、別にそんな意図はありません。他人様に向けて、どうこうと訴えかけるマニフェスト(宣言)ではなく、あくまでも、自分がこう思うという、私的な覚書きに過ぎません(遊んでいる、と言ってもいいけど)。その上で、何かトロイこと言い出しているよ、と生暖かく見てくれれば結構です。おかしいところは指摘して、くれてもいいんですけどね。自信を持って書いているわけじゃないし、あくまでも叩き台に過ぎませんから。


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January 26, 2007

経県値(その1) 経県達成度?

<突然ですが・・・>

 いきなり業務連絡。現在連載中の企画"Artists of the year in 2006"の第3回ですが、もうしばらくお待ちくださいm(__)m。
 ライブやイベントに関するアーティスト評価になるはずですが、構成がまだ全然固まっていないので、ちっとも書き出せません。

 ところで、第二回は、何とか、最後までまとめきることができましたが、本当に疲れました(^_^;)。自分でも、書いていて、最後にあんな風に問題が出てくるとは思ってもいませんでした。しかも、第1回は7000字以上、第2回は8100字以上と、こんな量の記事を毎日投稿し続けたら、まともな生活ができないよ、といいたくなるようなボリュームです。

 もともと、筆は非常に重いのです(何度、締め切りに間に合わずに原稿を落としたことか・・・)。でも、いったん書き始めると、とことんまで文章が続き、とんでもない分量になってしまう・・・そんな経験が何度もありました。
 以前より文章をまとめるレベルが低下している、それではやばいのでは・・・、という思いで始めることにしたこのブログなのですが、とりあえず以前のレベルに戻りつつある、とも言えるのでしょうか?そうだとしたら、当初の目的には適うのですが・・・って、そういうことではありませんね(^^ゞ。




 そんなことはともかくとして、今回は穴埋め企画です。


<経県値とは>


 経県値。

 皆さんはご存知ですか?少し前に一部で流行ったような・・・。
 こちらのページを見てもらうと全てが分かるかと思いますが、要するに、今までにどれだけの都道府県を訪れたことがあるのかということです。住んだことがある、宿泊して滞在したことがある、訪れたことはある、通ったことだけしかない、全く訪れたことがない、などといったレベルの違いも考慮した上で、数値化したのが、この経県値になります。

 私みたいな、旅好きにはたまらない企画です。
 早速やってみました。




 はいっ!! 結果は、こちらです。




 いかがでしょうか?

 何かおかしいと思いませんか?





 分かりませんか?








 「居住(住んだ)」のところに、一つも都道府県が入っていませんよね。

 私は、生まれてこのかた、在住している県が変ったことがありません。だから、真正直にやると、必然的に現在住んでいる県が分かってしまいます。別に隠し続けるつもりもありませんが、この記事であっさりとバレてしまうのも何かシャクなので、敢えて、現在まで住んできている県を「居住(住んだ)」ではなく「宿泊(泊まった)」に変えてあります。まぁ、どの県にすんでいるかなんて、今までの(そしてこれからの)記述を見ていけば、すぐに分かると思うけど・・・。

 それはともかくとして、正確な結果は、本来は現在自分の住んでいるあの県がピンクに染まり、経県値も1つ増えて「159点」になります。

 この結果について、少し考えてみました。

 まぁ、少ないということはないでしょう。少し他の人の結果とかも調べてみましたが、いくらなんでも自分が平均以下ということはなさそうです。あまり気にしすぎるのもどうかと思いますが、ちょっとは他の人と比べた相対評価も気になります。自動的に算定してくれたら・・・まぁ、ないものねだりは良くないですね。これだけのページを用意してくれただけでも、非常にありがたいのですから、それに評価についても、分かったら分かったでムキになりそうで精神衛生上よくなさそうかも・・・。

 しかし、他人との相対評価はともかくとして、絶対評価はどうでしょうか?この経県値の最高点は、5×47=235(点)と計算できます。しかし、47都道府県の全てに居住するというのは、ちょっと無理がありすぎです。どこ(の県)に居住するか、というのは、本人の意図だけではどうすることができないことの方が多いと思います。
 ということで、居住したことがある都道府県については、そのまま「居住(住んだ)」の5点を最高として、居住したことがない都道府県については、「宿泊(泊まった)」の4点を最高とすれば、その人の現時点での経県値の最高点が算定できるのでは、と思います。あくまでも、旅行をメインとした経験を測定する目安として、この「経県値」に注目したので、こういう角度で考えてみました。他の見方もきっとあるでしょう。

 さて、僕の場合の最高点は、居住したことがある都道府県は1つだけなので、1×5+(47-1)×4=189(点)になります。正確な「経県値」は159点なので、割合をパーセントで表すと、159÷189×100≒84(%)となります。これが、経県達成度、とも言えるのではないでしょうか。


<経県達成度84%は素人のなせる業か?>

 経県達成度84%、と書くと、結構すごいじゃないかと胸を張れそうですね。実際、宿泊している県は、半分以上の27都道府県(結果のページでは、居住している一県も含まれているので、28になっている)で、未踏の県がわずか2つです。

 もちろん、全国の鉄道を乗りつくすとか、全国の高速道路を走破するとか、あるアーティストの全国ツアーを追っかけるとか、全国のすべての一般国道を走破するとか、全国にある何らかのチェーン店を全て訪れる(・・・段々例えがマニアックになっていく・・・)、そういった「全国の○○をコンプリートする」とった目的を掲げて、それを目指している人と比べれば、ちっともたいした結果ではありません。
 でも、私は一般人です。せいぜい、あるアーティストの東名阪ツアーを追いかけてコンプリートしたくらいです。・・・って、ちっとも一般人ではないじゃないか、というツッコミが返ってきそうですね。確かに、現在月一のイベントのために東京に出かけようとまでしている地方在住者(と書いて、いなかもの、と読んでね)ですから、素人とは言えないかもしれませんね。
 しかしながら、と再度ひっくり返しますが、この件に関して行動する範囲は、せいぜい関東や関西の都市圏ぐらいです。それ以外の全国を、上に挙げたような特定の明確な目的の下で、訪れ回るといった趣味は持ってはいません。それをやっている人を羨ましく感じたことはない訳ではありませんが、それなら自分がやるのかというと、そこまでの根気は持ち合わせてはいません。意外と飽きっぽいので、そういうのには向いていないと思います(趣味の世界まで、そんな面倒なことはしたくないし・・・)。


<残り14パーセントと言うけれど・・・>

 そういう全国コンプリートということを全く意識せず、ただただ欲望に趣くままに、全国を巡りまわった結果が、今回の私の経県値ということになります。ただ、経験達成度84%、この記録は若いころ(といってしまっていいのか迷うお年頃なのですが・・・)に青春18きっぷなどを片手に全国を巡り回った賜物かなとも思います。ここ数年の、経県値の上昇は、2005年に千葉県に宿泊したことと、2006年に茨城県を訪れたこと、この2回でそれぞれ1点ずつ上昇したことしかありません。年をとって(?)行動力が鈍ったからだよ、という皮肉も聞こえそうですが、決してそれだけじゃないんです!!!

 達成度84%で、残り16%ということは、残りわずかなんだから、コンプリートするのは簡単じゃないかという人がいるかもしれませんが、そういうことを言う人は、ずばり素人です!!
 いや、別に素人で全然かまわないんですよ。変な道には踏み込まずに済むなら、その方が幸せですよ(^_^;)。
 しかし、上に挙げた、全国コンプリートを目指す人なら、わずかに残ったものを片付けることの大変さが分かるはずです。例えば、鉄道の全国乗りつぶしを目指している人なら、その道の神様とも言える宮脇俊三さんが、そのバイブルともいえる『時刻表二万キロ』でおっしゃっていたはずの言葉を思い出してください(今、手元にないから確かめられないけど・・・)。「残っているものは、残っているだけの理由がある」のです。そういった残っているだけの(困難な)理由をクリアしていくのは、同じ16パーセントでも、全く手のつけていないゼロの状態から数を増やしていくのとは比べ物にならないほど難しいのです。


<こうして「宿題」が・・・おわりにかえて>

 ということで、達成度を100%にすることは、とてつもなく遠く険しい道のりであることをご理解いただければ幸いです。そもそも、そんなものを目指すのかと言われると、今まで述べたように微妙なところですが・・・。それでも、残ってしまっている県が気になることも事実です。これの県が何故残っているのか、についても書いてみたいと思っていたら、すっかり穴埋め企画とは思えないほどの分量になってしまいました。まぁ、これもまたの機会に、かな・・・。こうして「宿題」が累積していきます。

 それにしても、この経県値という企画、いろいろ考えてみたくなる内容で非常にいい企画だな、と思います。旅行や地理が好きな人間にとってはすごく面白い企画です。素敵な企画をまとめて、WebPageに載せてくれたことに、心より感謝いたします<m(__)m>。

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January 10, 2007

過去からのメール

いつもは、メールのチェックは夜帰宅してから行っています。しかし、昨日はとても嫌な出来事があったので、家に帰ったら、そのままふて寝してしまいました。
そのため、朝メールのチェックだけを簡単に済ませようとしたら、とんでもないメールを見つけてしまいました。


タイトルだけみて、特に重要なメールはないな、ということだけを確認すれば良かったのです。
しかし、時間が少しあったので、ということで開いてしまったのが、とあるメルマガ。


何やらイベントとその先行予約受付のお知らせのようです。とある声優さんが「毎回、“誰か”と司会をし、“誰か”をゲストに呼ぶ 『自由気まま』なトークイベント」だそうで、このイベント、自分は特に興味はなかったのですが、その存在は知っていました。定期的に開催されるようなことを聞いていたので、今月もやるのかな、と思ったのですが、このメルマガがお知らせする内容は、全く異なり、トンでもないものでした。

まず「この記念すべき『第一回の』」というところで、アレッ、と思いました。このイベント、何回もやってたんじゃ…。そして、一緒に司会する“誰か”の名前(声優事務所の社長さん)とゲストの“誰か”の名前(とても有名なアイドル声優さん)を見て、疑問は更に深まります。このイベントが開催されたのを聞いたときと全く同じ内容なのではないか、と。

そして、イベントの詳細を見て、疑問は確信に変わりました。「日程:『2006年』10月28日(土)」……って、既に終わってしまっているイベントじゃないですか!!(゜o゜)/。


ここまでなら、どうせメルマガ送信者のミスだろう、という話で終わってしまうのですが、実は、更に衝撃的な事実が!!!!

何と、このメルマガ、送信日が『2006年』10月10日だったのです。送信されてから、3ヶ月かかって私の元へ届けられたことになります。伝書鳩もびっくりです(…って、よく分からない例えですが)。
ですから、送信者は間違いなく、『2006年』10月28日に開催されるイベントのお知らせを、二週間以上前の2006年10月10日に送っていたのです。それが、どこをどう回ってきたのでしょうか…。イベントが、すっかり終わってしまった3ヶ月になってようやく到着した、というわけです。


初めは、マヌケなメールだな、と思ったのですが、よくよく考えてみれば、自分にお知らせを届けるために、3ヶ月の間も一生懸命世界を飛び回っていたのです。

そう妄想すると(笑)、このメールに少し愛しさも感じたのでした(^_^;)。


と書いたですが、メールが届くのに3ヶ月もかかるなんて、技術的にみて、本当にあり得る話なのでしょうか?……不思議です。

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December 25, 2006

クリスマスイブは・・・

クリスマスイブは・・・

一人でケーキを食べていました。

毎年この時期はずっと日曜日も関係なく遅くまで仕事でしたが、12月24日の日も例外なく日付が変わる直前まで家に帰れないことが続いてきました。
今年もそのつもりでいたのですが、直前になって24日が休みになってしまいました。一緒に過ごす相手のいない自分には無駄な休日です。

そうはいっても、せっかくなのでクリスマスらしいことをしようと思って、地元のケーキ屋さんでケーキを買ってきました。
流石にこの日はお店に人がひっきりなしにやって来て商品を買うのも一苦労でした。

一人でこんなに食べたのか、というツッコミはなしです。

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