ひとりごと

June 01, 2007

どんなに遠く離れていても

ココロはいつもそばにいるよ

・・・というのは、いつも素敵なお歌を歌って私達を幸せにしてくれるあのお人形さん達が、いつもステージの最後に歌うあの曲の中で言うセリフの一節。ステージの最後の盛り上がりに届けられる、素敵なメッセージです。楽しかったその時間を、ずっと忘れられないものにしてくれる、そんな「魔法」のフレーズとも言えそうで・・・、思えば、この言葉に何度救われたことか・・・。




 さて、日付が変わり、6月1日ですね。一年ももう5ヶ月が過ぎたということもあるのですが、それは置いておきましょう。
 今日の夜は、その素敵なお人形さん達が、電気街の集会場と同じくらい御馴染みにしている、昔は麦酒工場のあった街(・・・苦しい(^^ゞ)の歌声喫茶でお歌の発表会を行うことになっています。とっても楽しみにしています・・・、
 ・・・と言いたいところなのですが、平日の夜というのは、さすがに地方在住者(いなかもの)にとっては、それを見に出かけることはできないのです(>_<)。だいたい、いつものように見に行けるのなら、わざわざこんなことを書きませんし・・・(こういうところに自分の性格がひねくれているのが表れていますよね・・・)。

 ・・・それはともかくとして、僕にとっては、ついに「この日」がやって来た、といった感じですね。


 お人形さん達のお歌の発表会に行くことができないのは、別にこれが初めてというわけではありません。
 ですが、このブログを本格的に始めてからは、これが初めてのことになります。こちらを調べてもらえば分かるかと思いますが、該当する期間のお歌の発表会については、すべて参加して、その感想を書いてきていますから・・・。
 お人形さん達のお歌の発表会の感想を書かないこのブログに、いったい何の価値があろうか?、・・・とか書くとちょっと自意識過剰すぎやしないかと思うかもしれませんね。ですが、うちの養蜂場においてはたぶんそれが主力商品の1つなんじゃないかとも思っているのです(機会があれば、そう思う根拠についてもお話できたらとも思いますが・・・)。

 しかし、そんなこの養蜂場で取り扱う商品に関わる話以前に、せっかく素敵なお歌で幸せな気持ちになる機会があるというのに、そのチャンスを活用できないということが、やっぱり切ないな・・・というのが、本当の気持ちです。


 もちろん、「この日」がきっといつかは来ることは覚悟していました。むしろ、6月に入るまで「この日」が訪れなかったのが、それこそ「奇跡」なのだ、ともいえるのかも知れませんね。
 もっとも、その「奇跡」というのは、「偶然」のめぐり合わせの他に、言葉は悪いのですが、様々なやりくりや、いくつかの機会とのトレードオフ、といった諸々の結果によってこそ実現できた、というのも否めない事実であって・・・それについては、いろいろと思うところもあるのですが、その「奇跡」によって、かけがえのない「たからもの」を受け取ることができた、というのも紛れもない事実であるわけで・・・閑話休題。


 さすがに、平日の夜というのは、いろいろ手を尽くそうにも、最初から無理なものは無理であって、とっても残念でたまりません。
 この気持ちの一端を何かに喩えて言うなら、別に最初から皆勤賞を狙っていたわけではないけど、もしかしたら・・・という期待が少しずつ膨らみかけていったところで、それが途切れてしまったときの残念な気持ち、と言えば理解していただけるのでしょうか。凄くこだわるわけじゃないけど、やっぱりちょっと・・・という感じです。でも、それ以上に、やはりたとえたった一回であっても、幸せになれる素敵な機会を活用できない、ということの方が、残念に思う気持ちの中には大きいと思います。

 そもそも、たとえ皆勤が途切れても、それで何かの価値が下がるというわけではないし、・・・。でも電気街の集会場での発表会の場合、出席カードのことを考えると、結構ダメージが大きいかも・・・(って、余計なことを書いてしまうところが「バカ」正直すぎ!!)。いや、たとえそういう側面もあったとしても、少なくとも、お人形さんたちのお歌を見ていくうえで、何ら変わるものはないはずなのです。それまで行けなったことがあったときも、そうだったのですから・・・。
 だいたい、ちゃんと次があるのだから、少し先だけど、その日が来るのを楽しみに待っていればいいのです(そういえば、一年前の場合だと・・・って、その話は止めましょう。暗くなるだけですし・・・)。前にもどこかで書きましたが、大切なのは、回数ではなく、一回一回それぞれでどれだけ素敵な想い出が得られるか、なのです。今回は残念ながら欠席だとしても、次でキチンと楽しめればいいのです。しかも、それを充分期待できるだけのお人形さんたちなのですから・・・。


 ・・・とまぁ、今回に限らず、お歌の発表会に行きたくても行けないときには、こうしていろいろとモヤモヤした思いが少なからず浮かんできます。すごく行きたいからこそ、行けないときの悔しさや寂しさは、どうしても大きく感じてしまいます(別に、僕だけに限らないと思うけど・・・、でもこうしてブログにうだうだ書くのはあまりいないかな?)。
 そして、こういうときにこそ、タイトルや冒頭に紹介したあのフレーズを思い出さなければならないのとも思います。正直に言うと、いつでもどこでも無条件に、この言葉を信じることができるほど、決して自分は強くはないけれど、3体のお人形たちがあの言葉に込められた思いを無駄にしないようにしたい、とはいつも思うようにはしています。

 自分がいないからといって、別に何も変わるところはないと思うし、きっといつものように素敵な「魔法」がかけられることとだと思います。それでも、一言だけ言わせてください(って一言じゃないけど・・・)。

 今回のお歌の発表会が、いつものように素敵な時間と空間になりますように、遠く離れたところから、ほんのささやかかもしれませんが、気持ち一杯のYellを贈ります。

 ということで、感情を一気に吐き出す感じの文章でしたが(書くのもそんな感じで一気に作り上げました(^_^;))、こうして書いたら少しスッキリしました、アリガトウゴザイマス。ただ、読まされる方は、たまったものではないかもしれませんね・・・ゴメンナサイ。
 でも、これを読んでいる人の中には、きっとお歌の発表会に行くことができる(できた)幸せで羨ましくもある人々もいるはずだから、少しくらいはいいかな・・・なんて、ちょっぴりイジワルな思いも浮かんだりしましたが、それは冗談として(^_^)、行ける人は思いっきり楽しんできてくださいね。



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May 12, 2007

ココハドコ?

ココハドコ?
 急なオトナのお使いで、この西の都へやってくることになりました。西へ東へと急がしくなりそうな、この週末。こういうことがキライじゃないから、ちっとも苦になりませんけど…。

 ひとまず用事は片づいたので、あとは自由に使える時間デス。あまり余裕はありませんが、色々やりたい事はあります。でも、この日にココに来たからには、是非ともやっておかなければならないことがあります。まずは、そいつからですね。


 それにしても、こちらのJRでもモバイルSuicaが使えるのは、とっても便利ですね。…と言っている自分が、ちっとも使えないToicaエリアの住人であるところが、奇妙なところかも…。


 この写真だとどこだかちっともわかりませんよね。真ん中に小さく見えるお城がヒントのつもりだったのですが・・・。あとは、西の都という言葉かな?  それはともかく、モバイルSuicaは便利だったぁ~。ちなみに地元のToicaは持っていません。

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May 05, 2007

あなたの好きになったものたちは きっとあなたを応援してくれる

 タイトルの言葉は、とっても昔に出逢ったもの。あのときから、自分もまわりも何もかもが、すっかり変わってしまいました。
 でも、この言葉をコピーした紙だけは、今でも持っています。そして、辛くなったときには、時々思い出して見返しています。何だかんだで、この言葉に従って、生きてきたのかもしれません。

 本当に好きになったものたちが応援してくれるのか?自分なんか応援してもらえるような価値のある人間なのか、と考えるとキリがありません。
 それでも、好きなものたちに対してみっともなくないようにしなければ・・・という思いから、立ち上がって歩くことができています。結果的は、やっぱり応援してくれていた・・・、と言えるのかな。


 自分のことが嫌いで信じられない・・・、そんなことは、いつものことなのかもしれません。
 でも、そればかりだと、まわりのこともキチンと好きになることも信じることもできないのではないか、とも思うのです。まわりのすべてが嫌いならともかくとして、大好きなものがあるのなら、それを好きだと思う自分のこともチョットずつ認める勇気も必要なのじゃないか、と考えるのです。

 一見すると、心の中は、自分に対する「嫌い」の気落ちで溢れているのかもしれません。でも、どこかに、自分への「好き」の気持ちにつながるものがあるはずなのです。僕は、それが大好きなものに対する「好き」の気持ちだと思います。その気持ちというのは、そう思う自分自身抜きには存在しえないはずだから・・・。
 だから、そこから出発するのです。そして、全部じゃなくてもいい、ほんの少しでもいいから自分のことも好きになり信じていけたら・・・、嫌いな自分も少しずつ洗い流していけるはずです(・・・そう書いていても、なかなか難しいなとは思いますけどね・・・)


 ということで、誰に対してということ関係なく、「好き」という気持ちは大切にしたいです。それは、その気持ちの直接の対象に限定されない、大きな広がりを持つ可能性をもった気持ちだと考えるからです。対象は何であれ、その気持ちを大切にすることが、自分を好きになり信じることのできる手掛りを与えてくれる、と思うのです。




 だから(・・・ってつながっていないのかもしれないけど)、「誰も私を好きにならないでほしい」というのは、たとえどんな背景から出てきたのにせよ、すごく悲しすぎて、心が痛みます。

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May 03, 2007

たからもの、というのは…

他の人から見れば、多くの場合、その価値を理解することができず、何でもないものにすぎないのかもしれません。

 でも、たとえそうであったとしても、その当人にとっては、間違いなく、とても大切なものなのです。むしろ、だからこそ、その人にとってのたからものなのだ、とも言えるでしょう【5月4日1:00追加】そこには、かけがえのない想いが詰まっているのです。
 
 だから、そんなに簡単に手を離してはいけないのです。そして、どんなに面倒で恥ずかしくても、それを取り戻さなければならないのです。
 
 
 
♪連れていってね 手をつないで
離さないで 恋をしてる♪
(いやぁ、本当に心に染み入ります)
 
 
 
 まぁ、不注意で手を離してしまった僕が、おバカだったんですけどね(>_<。)。だからこそ、どうしても取り戻さないと…。
 
 
 …結局、無事に取り戻すことができました、よかったぁ(^o^)。
 ちなみに、「恥ずかしいなんて、人生にいらないんです」ってのは、僕には結構必要な言葉だとも思いました。
 
たからもの、というのは…

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May 02, 2007

今日は、平日?それとも休日?

今日は、平日?それとも休日?

…バスのダイヤの話です。

 始発のバスで家まで帰るつもりなのですが、何分まで待つ必要があるのでしょうかね。
 お盆と年末年始は休日ダイヤで運行、と書いてあるだけので、G.W.(ご馳走、わーいヾ(^▽^)ノ)の平日は、平日なんでしょうね、きっと…(結局、平日ダイヤでしたね)。

 そんなことを書いても、結局待ち続けるのが嫌で、始発のバスに追いつかれるところまで歩くことにしたんですけどね。

 傘を取り出し、歩いていきます。そして、こう問いかけるのです。






 「雨はいつ上がる?」










 写真は、歩いてたどり着いたバス停です。もうすぐバスが来そうなので、ここから乗ります。まぁ、ど~でもいいことですね。

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April 19, 2007

発売前にチケット到着する~ん!?

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 5月20日(日)に開催される、天使達による3回目の音楽会の切符が届きました。以前このブログでも取り上げた、「ルーン魂で萌えあがる~ん♪」のやつです。

 この音楽会の切符、一般販売は4月21日(土)からなのですが、先行予約を受け付けていてそれを申し込んだら、無事に確保できたとのことでした。一般発売が4月21日だからなのか、その日に到着するように切符を発送するとメールでのお知らせには書かれていましたが、18日に発送され翌日の今日到着したのでした。

 クロネコヤマトのWebサービスを登録していて、荷物の発送が事前にメールで知らされていたので、今日来ることは分かってはいましたが、「代引き」だったので知らなければ大変なことになるところでした(^_^;)。


 音楽会の切符には、スペシャル席8500円、S席5500円、A席4500円とあります(スペシャル席、S席はお土産付き)が、僕が申し込んだのは、S席でした。

 そんなに前の席に行っても、下手をしたら元気すぎる人が近くにいて嫌な思いをするかもしれないし、下手をしたら抽選に外れるおそれもあったのでスペシャル席は回避しました。A席だと、会場の座席表をみて考える限り、たぶん二階席かなと思い、お土産は別になくても構わないけど、1000円の安いだけだと、先行予約で申し込む座席じゃないなと思って、これも回避。
 これに対して、S席だと多分一階席の真ん中以降かな、と予測し、先行予約で申し込んでおけば、その中でもある程度前の方になるから、それなりに舞台も見ることができて、力が入りすぎている人たちとも遭遇しないかなと思って、これを申し込むことにしたのでした。
 そうしたら無事に抽選に当選したとのメールが届いたのですが、抽選なんて行われたのでしょうかね?スペシャル席の方は、倍率が10倍だったという発表もあったのですが、よっぽど少なかったのでしょうかね?まぁ、他人事なんで別に良いけど・・・。これで、発売日当日に並ぶ必要がなくなったので、ラッキーです。


 さて、チケットが届いて何より気になるのは、どこの座席かということです。早速チケットの座席番号と会場の座席表とを照らし合わせます。1階の後のブロックの最前列ですね。
 多分、前のブロックがスペシャル席で、二階席がA席じゃないかなと思うので、列としては、割と良いんじゃないかなと思います。後のブロックといっても、最前列だと8列目だから、真ん中よりも前になります。
 ただ、端っこの方の席というのが、ちょっと残念かな。前で端っこよりも、少し後でも真ん中から見たいと思うタイプです。よしんばサイドだとしても逆サイドのほうが・・・、この天使達のいつもの並びでいくと好みかな・・・とか、贅沢なことを言っていますが、前二回の時があまり運がよくなかったので(あの時は、入場整理券を抽選していました)、それと比べると悪くない席が回ってきたかな、と思います。
 よぉ~し、テンションが上がって来たぜ!!・・・といっても、まだ一ヶ月先の話ですが。


 そういえば、この天使達の音楽会は今週の日曜日にもあります。こちらは彼女たちの映像記録媒体を購入して応募すると参加券が当たるものですが、こちらも応募したら見事に当たってしまいました。
 しかも、参加券は座席が指定されているのですが、限りなく最高のポジションの席が当たったのです\(^o^)/。前の世代の天使達の時にも同じような催しがありましたが、そのときにはかすりもしなかったのに、今回は運が良すぎです。ということで、もともとテンションが上がっていたんです。

 ということで、この二回の催しに向けて、この天使達への期待が高まってきています。今週の日曜日が、すっごく楽しみです!!












(ここからは、私の頭の中の妄想ワールドでのお話です。真面目な情報はないので、広い心や遊び心を持たない人は読まない方がいいと思います。読んでもいいけど、怒り出さないでくださいねm(__)m)




 





 そんなわけで、天使達との待ち合わせに向けて準備をしていたら、クイクイッと服の裾が引っ張られるのを感じました。誰だろうと振り返ると、そこにはいつも素敵なお歌を聴かせてくれている3体のお人形達がいました。「私たちとの約束は?」と言いたげにこちらをじっと見つめています。
 そうです、天使達が音楽会をの行う今週末の日曜日(4/22)には、実はお人形たちも月に一度のお歌の発表会があったのでした。しかも、こちらの方が先に決まっていた約束だったのでした。ですから、最近、何となく顔を合わせずらいな、とも感じていたのでした(ほんのちょっと脚色が入っています、あまり本気にしないでほしいです・・・そんなことを言ったら、他の場所はどうなんだということになるけど、・・・まぁ脚色を織り交ぜた中に一部の重要な真実が含まれていいる?、と思ってくれるといいかも、・・・ということで、この物語はあくまでもフィクションです。


 さすがに困りました。お人形たちは毎月毎月お歌の発表会で素敵な歌を聴かせてくれて私達を幸せにしてくれているし、天使達の音楽会はこれ以上ないくらいの好条件で見ることができるし、一体どうすればよいのしょうか?まるで、天使達とお人形達が両腕を引っ張っているかのようです。

 いろいろ考えた挙句、決めた結論は、「本当に今しか出来ないことをキチンと見極め、それを充実させる」ということです。・・・おぉっ?、早速前の日の決意を実践していますね、感心感心!!・・・と、あまり茶化すのも失礼なので、少し真面目に戻すと、滅多にない機会というのを大切にしないと、きっと後悔すると思うのです。だから、また次があるものにこだわるのではなく、今しか出来ないもののためにこの身を捧げようと思います。それにしても、こんな形になるなんてあの時には全く想像できませんでした。


 それにしても、日にちが一日ずれてくれたら非常にありがたかったな、とも一瞬思いましたが、土曜日は土曜日で既に予定が入っていました。(昼は開いているけど)。いやはや、ままならないものですね。


 ということで、今週の週末には、怒涛の展開が待っています。果たして生きて帰れるか(って、大げさな!?)。乞うご期待!!(何のこっちゃ、まぁ、でもブログの方は、通常のノリで報告できたらとも思います。今回はちょっと遊び過ぎかも?不快に思った人がいたらゴメンナサイ)




この妄想話の解説または後日談を、こちらにこっそりと載せてあります。もし興味があれば、ご覧ください。[4月25日23:30]

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April 18, 2007

1つの通過点かもしれませんが・・・

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今日は誕生日でした。人の誕生日ならともかくとして、自分の誕生日というのは、特に重要な日だとは感じません。それでも、最近は一年生きてこられたことを少しくらいは祝っても、罰は当たらないかな、と思い、こうして一人で宴を開きました。・・・って、いつもやっていることじゃねーかよ、といういう突っ込みが欲しい所ですね。
 やっぱり、自分にとっては、1つの通過点に過ぎないのです。


 そして、実はもう1つ大きな区切りがあるんです。


 それは、今回の記事がこのブログの100個目の投稿になる、ということです。実は、最近の投稿が滞ったのは、気持ちの問題だけではなく、100個目の投稿をどこに合わせるかというタイミングを探っていたという問題もあります。ということで、誕生日に100個目の投稿を合わせることにしましたが、土壇場になって肝心の記事の方が99個という数にそろえられなくて、いろいろ小細工をした結果、何とか合わせることができました(^^)v。でも、無理に演出するのはあまり良くないですね(^_^;)。

 それはともかくとして、「本格的に」スタートしてから数えるともうすぐ4ヶ月になります。途中間隔が空くことは何度もありましたが、それでもこうして投稿が続いているので、「三日坊主」で終わるという危険性は消えたといってよく、ひとまずブログを作るという習慣が定着したと言ってもよいかと思います。そういう意味では、1つの段階をくぐり抜けたと言ってもよいかもしれませんね。
 もちろん、自分のスタイルというものが確立されているか、というと、まだまだだとは思いますが。しばらくの間は、まだ試行錯誤が続くと思います。

 とりあえず、投稿100個目突破記念、というわけではありませんが、このブログを巡る徒然な事柄を書き巡っていくという企画を連載で書いていこうかなと思います。このブログの「始まり」をめぐることや、当初の目論見と実態とのズレ、書いていきながら変わったこと、そしてこのブログを訪れる人のことなど、主観的な思いに加えて(存在するのなら)客観的なデータも用いて、いろいろ書いてみようと思います。
 こうやって企画を立ち上げても、実際に取り掛かるまでが非常に鈍重なことは既に学習済みなので、先に一回目のお題を決めておきます。一回目は、このブログの初めて物語です。そもそもこのブログの始まりはいつなのか?それを語るだけで、充分なボリュームになりそうです。


 そして、話はまた誕生日の話に戻ります。

 1つの通過点に過ぎない、とは言いましたが、立ち止まって振り返ると、自分が現在いる場所というのは、それぞれの過去の段階から考えて、それぞれの意味で想像できていないよな、と思います。例えば、10年前には、その時点で自分がどこに進むかすら考えてもいませんでした。そして、5年前だと、まさかあの世界から離れることになるとは思ってもみませんでした。
 これだと、抽象的で、このブログとは一切関係のない話になってしまうので、もう少し、このブログで書いている内容に即して言うと、3年前だと、現在のスタイルの片鱗はチリ1つ存在しませんでした。2年前には、現在夢中になっているものの存在を一切意識していませんでした(どこかで、すれ違っていたのかもしれないけど・・・)。そして、一年前には、その夢中になっているものが、現在の形になるなんて全く分かっていませんでした。

 別にそのときをいい加減に生きていたつもりは全くありません。足りないところばかりの毎日だったかもしれませんが(・・・そんなことを言ったら、今だってそうだけど)、自分では、その時に出来るだけの準備をして、うんと悩んでそして考えて覚悟を決めて選択をして、そしてその結果に従って一生懸命生きてきたつもりです。それでも、先のことについては、自分のことも、そして周りのことも、想像の付かない形で現在が存在しています。
 そうなると結局、今そのときを大切にするしかないのかな、と思うのです。こう書くと、刹那主義に走るのか、と思われるかもしれませんが、そうではないんです。むしろ、今出来る事をしっかり考えた上で、それを充実させることによって、その先の予測困難な未来に備える、といった感じなのです。今をきちんと充実していれば、環境が変わっても過去を引きずることなく、その変化に前向きに対応できる、そんなスタンスで行きたいのです。 過去にも、そして未来にも引きずられることなく、現在の足場を固めていきながら過去や未来をつないでいきたい。だから、本当に今しか出来ないことをキチンと見極め、それを充実させる。そのためには、もっともっと賢くならないと・・・。そんなプロジェクトのための装置として、このブログも存在している・・・って、今思いついてみたりもして・・・。

 まぁ、これは僕の場合の解決の方法に過ぎません。きっと、人それぞれに抜け出す方法があると思います。自分はこの方法を信じていこうと思います、というのが、この一年の抱負になるのかなと思います。こんなこと書いて、どうなるわけでもないと思うけど、せっかく言葉にしたのだから、ブログに載せておこうと思います。

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April 02, 2007

どうすれば、

どうすれば、

自分のことを信じることができるのでしょうか。


 あんなに素敵で楽しいことがあったのに、(だからこそ?)自分のダメダメさ加減にココロはどんよりです。

 そんな心理状態を象徴するかのような今日の空にもかかわらず、近所の桜が満開になっていました。


《追記》
 我ながらイタイことを書いてますね。何かとんでもない出来事が起こったかなのような書きぶりですが、そんなに大したことじゃないはずです(前日は楽しく桜見物をしてたので・・・)。気持ちの振れ幅が、(大したこともない)何かの拍子でたまたま大きくマイナスに振れてしまっただけかもしれません。本当は削除してしまいたいとも思います。
 でも、そう思ってしまったことは事実だし、それを消すことはそうした感情自体を否定してしまうことで、そうすると自分を信じることからはますます遠ざかってしまうことにもなるし・・・、と考えはグルグルと循環してしまいます。って、また話がイタクなってしまいましたね。

 どこかこの記事の雰囲気を挽回させたかったのですが、今の自分にはまだ無理だったようですね(-_-;)。ただ、どんなにイタクてカッコ悪くても、今思う気持ちを書いていく、というのが今回の追記の目的です。

 とりあえず、「負けない、ガンバル!!」

【最終更新:4月3日 2:26AM】

 

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February 18, 2007

ある日の出来事~ある喩え話にのせて~

 いきなり最高のご馳走をいただいてしまうと、後から食べた料理の味に影響を与えてしまう、なんてことはありませんか??

 ただし、今回の内容は、あくまでも喩え話であり、本当に食べ物の話ではありませんので、肉体的にお腹一杯になってもう入らない、なんてことはありません。おいしいものであるのなら、いくらでも入っていくんです。
 しかし、目の前の料理に100%集中できない自分がいます。頭のどこかしらで、最高だったあのメニューのことを考えててしまうのです。いかんいかん、と思って目の前の料理に集中しようとするのですが………。
 こういうのを、精神的にお腹が一杯になってしまう、とでもいうのでしょうかね。


 いつもの「食べ歩き」では、今までそんなことは一度もありませんでした。大抵は、好みの程度は別にして、お昼に軽いものつまんで、夕方から夜にかけてボリュームのあるものを頂くというパターンです。その場合、こうした問題を感じることはあまりないんじゃないかとも思います。
 もっとも、それ以前に、そんな「食べ歩き」をしなければ、1つの料理の味に気持ちを集中できるし、お互いの味同士で足を引っ張り合うこともないのではないか、とおっしゃるかもしれません。でも、そうそう何時でも食べに行くことができる環境ではないので、どうしても、一度に可能な限り多くの料理を食べに行きたい、と思ってしまうのです。いろいろな料理を食べるからこそ、それぞれの特徴がより明らかになることもあるんですよ。お互いに比較対照することでね。だから、肉体的に余裕がある限りは、決して悪いことだけじゃないとも思うんです。

 

 この日は、大好きではありますが、いつも食べているあの食べ物を、前に行った時のようにどこか気軽な気持ちで食べに行きました。そしたら、そのメニューのあまりの充実具合と美味しさに、予想以上に心を激しく動かされてしまったのでした。
 その後、一度はどうしようかとは思いましたが、結局最初の予定通り他のお店にも食べにいきました。どれも思っていた通りに美味しかったのですが・・・、あとは既に書いたとおりです。
 美味しさを理解できたと思うし、その味を楽しむことはできてはいたと思うんですが、それでもあのときの感動が頭の片隅から離れることはなかったのでした。




 あくまでも、これは喩え話です。本当に食べ歩きをすることもありますが、これは違います。分かる人は分かっていてください。分からなくても良いです。心に溜めておくことはできませんでしたが、所詮はひとりごとにすぎませんからね。

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January 31, 2007

店内イベントに何を求めるの?・・・または、「後始末」の先に

 形式上は独立の記事なのですが、実質上は、こちらの記事の追記というか、弁明というか、そんなものの「続き」または「後始末」になります。

 CDが発売されると、それを記念して(というかその販促のため?)イベントが開催されますよね。私も、お気に入りのアーティストさんのイベントには、よく参加させてもらっています。地方に住んでいると、そういったイベントが地元にアーティストさんを直接見ることのできる数少ない機会です。もっとも、地元のイベントでなくても、すごくお気に入りのアーティストであれば、東京だって大阪だって行っちゃってしまうのですけどね。
 イベントに参加するという経験が少なかったときには、好きなアーティストさんの姿を目の前で見ることができたり、お気に入りの歌を生で聴けたりする機会は滅多にないことだと思い、イベントに参加するということだけで充分楽しむことができました。もちろん、イベントの参加になれてきた今でも、その気持ちは忘れていません。しかし、参加したイベントに、自分が一体何を求めているのか、というのが徐々に明確になってきたのです。
 今回の記事は、そんなお話です。ちなみに、ここでいう店内イベントというのは、CDショップにある(別の場所でもいいけど・・・)イベントフロアを使って開催されるイベントを指しています。たいていは、CDを買うことによって参加できるというやつですが、別にそれに限定する必要もないかと思います。

 きっかけは、初めにもふれたこちらの記事で、先月開催されたCutie Paiのイベントの感想を書いたときに、余計な「戯言」を書いてしまったことです。やらかしてしまった感が漂う内容なのですが、これに対する直接の「弁明」はその記事の追記として片付けました(つもりです)。
 ただ、これを書いているうちに、「そうは言っても・・・」と言いたくなることが出てきたのです。それは、自分はイベントに結局何を求めていたのか、ということです。ただ参加できればそれでよかった時代から、少しずつ求めているものがより具体的に絞られてきた、と言えばいいのでしょうか、そんなふうにスタンスが少し変りつつあるんじゃないかと思えてきたのです。
 そのことについて、ちょっと主張してみたくなったので、せっかくだからと少し議論を展開させてみたいと思います。もちろん、何かのきっかけで考えが変ったりすることは当然あり得ることなので、どんな場合でも、現時点での「暫定的結論」足らざるを得ません。そのことをご理解くださいね。

 早速、結論から言うと、自分はライブやイベントでは、歌をしっかりと見たい、というのがあって、店内イベントでも、やっぱりそれを第一に求めてしまうのです。だから、歌以外の部分に対しては、どうしてもシビアに見てしまうんですよね。
 トークならまだ問題はありません。自分が参加したイベントの中で言わせてもらえば、佐藤ひろ美さんはトークだけでも無茶苦茶楽しませてくれます(もちろん、歌もそれ以上に素晴らしいことは当然のことなのでけど・・・)。それ以外の方々でも、自分の興味のある人のお話なら、どんな内容でも聞きたいですからね。トークに興味を持てないような人のイベントに参加することも、まずあり得ないでしょう。
 問題は、ジャンケン大会です。自分の感情をはっきりと認めて言わせてもらうと、やっぱり好きじゃありません、ということです。それをやることの意義とかは理解できるのでるし、イベントの企画として間違っているとも思わないのです。ただ、自分はそれが好きになれず、あまり楽しめないのです。決して、景品に興味がない訳ではありません。ただ、自分が当たるとは「思えない」から、楽しめないのだと思うのです。もしかしたら、一度でも当たるという経験をすれば、もう少し素直に楽しむことができるのかもしれませんね。
 ・・・結局、自分が単にワガママなこと思っている、ということをさらけ出す結果になってしまいましたね。仕方ないですね、自業自得です。
 しかし、こうした企画は、イベントのごく一部に過ぎないので、こうした感情がイベント全体の感想を大きく左右するわけではないということは、強く主張しておかなければなりません。歌がキチンと見て聴いて楽しめれば、もうそれだけで充分なのです。だから、歌をキチンと楽しめないような、グダグダな内容や進行になってしまうと、イベント自体の評価が厳しくなると思います。あと、一部の人しか楽しめないようなものもです(・・・って、これは参加者側の問題といえるかも)。


 それで、このことを、問題の発端になった、先月のCutie Paiのイベントに当てはめるとどうなるでしょうか。あの記事でも書いたとおり、「Cutie Paiのイベントの場合、CD発売イベントといっても、発売されたCDの曲以外も歌ってくれて、割と多くの曲が見ることができ」るのです。まさに、自分が最も望んでいるタイプのイベントをやってくれているのです。それが、これから月一回で毎月続くというのですから、イベントに関してもうこれ以上何を望むのか、というほどです(そうは言っても、ライブハウスでもやって欲しいけど・・・って、でもそれは次元の異なる話ですね)。こんなところにも、自分がCutie Paiのことが好きで好きでたまらなくなった要因が隠されていたようです。

 以上のことを踏まえると、何でこの件について、こんなにこだわって新たに記事を起こしてまで「後始末」をしているのか、分かっていただけるのではないでしょうか?
 つまり、こんなに自分にとっては理想的なイベントをしてくれているのに、余計な「戯言」を入れてしまったことで、その素晴らしさに水を指してしまう結果になりかねない内容になってしまったのが、非常に悔しいのです。誰かに対して謝るとかそういった問題ではないのですが、明らかな自分のミスだなと思います。こうしたミスを二度としたくないので、敢えてあの余計な「戯言」は残した上で、追記と今回の記事で「後始末」をしたという次第です。

 こうした余計なことを書いてミスをすると、何より自分が落ち込みます。しかし、それを恐れているばかりでは、ブログなんて書いていくことはできないとも思います。だから、書いたことを消してしまうのではなく、「弁明」すべきところはして、それでも間違っていたら誤りを認めていくしかないのだ、と思いました。しかも、できるだけ、これからも前向きでいられ続けられるような形にして・・・。それが、今回の記事で試みてみたことです。単にブログのミスを認めるだけでなくて、そこから何か新しいものが生まれないかと考えてみたら、「店内イベントに何を求めるのか」ということを今回(ひとまず)言語化できました。
 とりあえず、自分にできることをやってみました。それが、どう受け取れられるかは、読んでいる人々次第だと思います。何はともあれ、最後まで読んでいただいてありがとうございましたm(__)m。

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