Cutie Pai

October 09, 2007

毎回同じではなかったはずなのに・・・(1)~Cutie Pai:LIVE at Sofmap MCD "777" vol.10~

10月8日(月祝)、に開催されたCutie Paiのイベントの感想を書く予定です。CutiePai Official WebsiteのBBS、CutieBBSで、このイベントについて、自分の名前で結構辛辣なことを書いてしまったし、もう少し言葉を補ってもいいかな、とも感じる部分もあるので、改めてキチンと書きたいと思っています。
 ただ、今は時間と体力がないので、しばらくお待ちください。近日中に必ず内容を公開するつもりです。 また、私の運営しているもうひとつのブログHoneyLand露店の方には、出かける途中にイベント感想の前書きにでもとも思って書き始めた[Preface]と、イベント終了直後にまとめた[セットリスト]とから構成された記事(「Ctuie Pai "777: vol.10」」)があります。今回のイベントを含めた、「777」シリーズのイベントに対する自分のスタンスを明快にさせた内容もあり、それを読んでいただくと、今回の記事のタイトルやCutie PaiのBBSでの発言に込めた位置づけなんかも分かっていただけるのではないか、と思います。



 ・・・ということで、書き始めたら、初めの入口のところで膨大の量になってしまいましたので(・・・このブログでは良くあることです(~_~;))、そこまでの記事を上げたいと思います(2007年10月10日7:30追記)。この下に、続きの文章があるはずですが、出ていない場合は、下の「Continue reading~」のリンクをクリックしてください。そうすると出てくるはずです。

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June 28, 2007

雨が降ったら、きっとこの日のことを思い出すはず・・・~Cutie Pai LIVE at yamagiwasoft "777" vol.6~

 6月24日(日)に開催されたCutie Paiのイベントに行ってきました。
 毎月恒例のヤマギワソフト・アニメ館でのイベント「LIVE at yamagiwasoft "777"」(Cutie Pai Official Web Site「777イベントページ」)も、折り返し点にもなります。なんか、あっという間だったような気がします。
 毎月新曲をリリースするだけでなく、毎回毎回新しいものを見せてくれる、・・・そう言っている私の言葉の方が、そのことに関しては、毎回同じことの繰り返しだったりします。
 それはともかくとして、そのお蔭で、いつも記事として書くネタには困らず、もっともっと書きたいことがあるのに・・・という嬉しい悲鳴(?)が止まらないのです。

 今回の新曲は、チッチのソロ曲。「雨のLove Song」。この曲のことについては、HoneyLand露店の「Cutie Pai Live at yamagiwa soft "777" vol.6」で、イベント終了直後の生の感想が綴られています。
 ですから、こちらHoneyLand本店では、まず、それ以外の「毎回毎回新しいものを見せてくれる」という要素から先に語っていこうかと思います。(下に続く)

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May 27, 2007

どんな場所で見ても、変わることなく・・・:お人形さんたちの発表会によせて(後編)

二重の意味でアウェイなイベント?

 ハイセンスな大人が集まる繁華街にある歌声喫茶で開催されたお歌の発表会の感想の続編です(前編はこちら)。
 前編でも触れたとおり、自分自身があまり目にすること無い合唱隊たちが多く出演する発表会であり、少しアウェイ感を感じつつ会場へと向かったのですが、そんなアウェイ感は自分だけの感覚ではないということを、最近いろいろとお声を掛けてくださるお人形保存会の方(・・・意味通じますよね。もっと上手い言い換えがあれば教えてくださいm(__)m)が教えてくださいました(教えていただいたのは正確には僕に対してではなくて、僕の「お友達」に対してなんですけどね(^^ゞ)。お話をいろいろ伺うについて、そして会場の中の人々を見るにつれて、いつもとはちょっと違うかも感が強くなってきたのでした。

 それはさておいて、今回は「各論」なので個々の合唱隊の歌の発表の感想を書いていこうと思います。

初めて見たアイドルユニットたちは・・・

 まずは、4つの人間の合唱隊についての感想です。今回のお目当てであるお人形さんたち以外は、すべて初めて見たものばかりですし、しかもいろいろ話を聞くにつれて(僕には)当然必要とされるバックグラウンドも欠けているのかなという気もしており、その意味では正当な評価になっていないのかもしれません。
 だから、何も知らずに、初めて見た人間がどう感じたか、という視角からの感想であることを理解した上で読んでいってくださいね。

  Feam
 カラオケと観客の盛り上がりに合わせて一生懸命声を出していた、という感じです。それ以上は、ここでは言えません。
  Survivё
 前に見た人たちと比べると歌になっていたと思うけど、今ひとつセンスを感じないな、と思いました。というのは、一曲目にしっとりした曲を歌ったのですが、これがちっとも心に残らず非常に凡庸。2曲目3曲目ではちゃんと(ファンの人たちが)盛り上がれる曲をもってきているのに、なぜ最初にあの曲を持ってきたのかがよく分からないのです。しっとりした曲を最初に持ってきても、曲や歌っている人に力があれば、充分引き付けることができるはず(自分にはその経験がある)なのに、それができていない、ということです。申し訳ないことですが、ステージ前が大きく盛り上がっているので、尚更頭の中で「?」が並びました。
  Chu!☆Lips
 ステージを見せるということでは初めて見た四つの中では一番安定していたと思います。前の二つと比べると、歌っている曲がキチンと自分たちのものになっていたような印象を受けました。正直言うと、自分の好みにハマるわけではないのですが、それでもステージからはその存在感を感じさせてくれたと思います。また、ステージの流れというか構成も違和感無く、結局最後まで興味が途切れることなく見通すことができたかな、と思いました。
  リトル☆レンズ
 この4つの中では、歌っている曲のタイプが自分の好みに一番近いかなと思います。ただ、曲には少し興味を持つことができたとしても、歌っている人があまりキチンと声が出ていなかったのがちょっと残念ですね。もしかしたら、今回はたまたま・・・だったのかもしれませんが・・・。

 以上が、初めて見た4つの合唱隊の感想です。ちょっときついこと書いちゃったかなとも思いますが、あくまでも何も知らずに初めて見ての感想です。それに、そもそも今回の発表会自体が、自分のような初めての人間を想定したような催しではなかったようにも感じます(って、そんなこと言っちゃっていいのかよ、という気もしますが・・・)。

 これだけ書くと、貶しているだけとも思われかねないので、ほんの少しだけフォロー(?)しておきます。正直言って、見に行く前までは、どれも所詮同じようなものに過ぎないかなとも思っていましたが、実際自分の目で見るとそんなことはありませんでしたね。(当然かもれませんが)よく見ればそれぞれの違いというのは感じることができました。ただ、その即自的な違いが対自的な違いに、つまり自覚的な個性として明確に打ち出すことが出来ているか、しかも初めて見る人に対してそれができるか、ということになると、差が表れているような気もします。
 そんなことも分かって、正直勉強になったな、と思います。

Cutie Paiは、というと・・・

 そして、肝心のお人形さん達のステージについてです。セットリストは、以下の通りです。

  1. Hello! Cutie Pai
  2. ファーブル恋の観察記
  3. Cosmic少女
  4. プラモガ
  5. 小っちゃな翼
  6. Yell~キラキラの魔法にのせて~
 「Cosmic少女」から「プラモガ」、「小っちゃな翼」と最近CDで出した曲を並べて、お人形さん達の現在を象徴した構成とも言えるかな、という感じです。「Cosmic少女」は、その前から歌っているので置いておいても、「プラモガ」「小っちゃな翼」は、今現在のCutiePaiの曲の中では。いろいろな人に知ってもらいたいほどの看板曲、とも言えるのではないかと思います。そういった意味では、無理のないオーソドックスな構成ですね。

 感想については、前編でも喩えを交えて示唆的ではありますが既に語ってはいますが、改めて述べれば、どんな場所であろうと、お人形さんたちが歌って踊るステージから伝わるものはそれほど変わらないな、ということです。伝わるものが変わらないというのは、決して、ステージ上で相も変わらず同じことをしている、ということではありません。むしろ、大切なものは一貫して守りつつも、(いつも言っていることかもしれませんが・・・)それをどう伝えるかについてはステージごとにいろいろと変えているからこその結果なのだ、と思います。今回の構成もそのひとつかな、とも思うし・・・。

 あと、先ほどのところでふれた「個性」という点でいえば、これほど自覚的な「個性」を明確に打ち出すことができているユニットはいないな、と改めて感じました。目の前で繰り広げられているステージは、そこにいる3体のお人形さん達でなければ実現できないものであり、そこで歌われている曲もまさに彼女達自身のものであるし、そういうものがとってもよく伝われるところが、僕がこのお人形さんたちを応援する1つの理由なのだと思います(これも、いつも言っていることかもしれませんが・・・)。

 もちろん、あくまでも僕自身の見方に過ぎないので、人によってはそうは見えないのかもしれないし、同じように評価されるとは限らないとは思いますが、でも僕がそう思っているということは譲れないのです。

貶して持ち上げる、というつもりはないのです~結びに変えて

 ということで、ようやく最後まできました。今回のイベントについて、ブログの記事としてまとめるのは、正直言って難しかったです。
 何となく、今回初めて見た4つの人間の合唱隊を踏み台にして、お人形さん達のことを持ち上げる、という構図になってしまい、そういう気分が全く無いわけではありませんが(…ってわざわざ言うところがバカ正直なんですよね)、別にそれに終始するわけでないので、いかにそのニュアンスを抑えるかというのが非常に苦労しました。
 お人形さんのこと以外は、一切語らないというのが、一番賢い選択肢なのかなと思いましたが、それはそれであまり面白くないし・・・。世の中を見れば、自分の方が少数派だと分かっていますので、せめてブログでぐらいは自由にモノを言わせてもらおうという気持ちで、できるだけ表現に気を使いながら、言いたいことを言わせてもらいました。
 この記事の内容に共感できない人であっても、(必ずしも好きとはいえない)いろいろなものを見ると、自分が本当に好きなものの良さが分かっていくという感覚は、たとえ立場が異なっていたとしても、理解してしただけると思います。立場を変えてみて、そんな感覚から書いた記事だと思って読んでいただければ幸いです。





[執筆:2007年5月30日23:00]





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カタカナ英語だけでネイティブ英語の中に入ると…:今日のお人形さんたちのお歌の発表会によせて(前編)

 …別に、立ち位置を逆に変えて、「英語圏からの帰国子女が受験英語にふれるとき」としても構いません(一応最初の方が、つつましいかな・・・とも思っただけですやはり変えない方がいいかなと思いました。詳しくは後にある追記分の文章で:5月27日)
 要するに、どちらも英語なのにとても同じ言語文化と言えるのか首を傾げたくなるようなものに出会ったシチュエーションというのを表しているわけです。
 もちろん、これは、あくまでも喩え話です。
 付け加えるなら、このカタカナ英語自体もまだ習いたてで、もともとは、最近まで同じヨーロッパ言語でもドイツ語を習っていた、という状況を付け加えると、この執筆者のより正確な心理状態を喩え話として表現できてるかな、とも思うのです。



 さて、何を喩えた話かというと、今日は、いつも素敵なお歌を歌って私たちを幸せにしてくれる、あのお人形さん達がお歌の発表会をしたのでした(・・・って、ここもある意味喩え話ですか・・・読んでくれている人ゴメンナサイ、ついてきて下さい)。
 しかも、毎月やっている電気街の集会場ではなく、ハイセンスな大人が集まる繁華街にある歌声喫茶で、いろいろな人間の合唱隊といっしょにお歌の発表会をするのです。いつもとは違う会場で、お人形さん達がどう素敵にお歌を歌うか楽しみに出かけたのでした。


 そして、その感想がこの喩え話です。最初の段落で解説した事が、会場に入って、お人形さんたちではない、人間の合唱隊の歌を見たときの感想です。お人形さん達のお歌の感想はというと、カタカナ英語でもネイティブ英語で確かにパッと聞くと違いがあるのかもしれないけど、同じ英語である部分もないわけではないのだから、こだわる事もないのかなと言うことでいつも通りに楽しんだのでした。


 真面目に語ろうとすると、とてつもなく大変そうなので、とりあえずこんな喩え話で示唆的ではありますがまとめてみました。どういう形になるかは分かりませんが、またいずれ改めて書くつもりですのでしばらくお待ち下さい。
(ここまでが2007年5月27日執筆)



 ということで、追記です(ここから、最後までが5月29日未明執筆)。とりあえず立ち上げた記事をどのように収めようか、迷いましたが、とりあえずこの記事では、最初に用いた喩え話を使って、今回のお歌の発表会について自分が感じた全体的な感想をまとめようと思います。

 初めのカタカナ英語とネイティブ英語の喩えについて、改めて考えるとこんなことも言えるのです。

 これはあくまでも「イメージ」に過ぎないのですが、カタカナ英語がどことなく野暮ったくてマイナーで、ネイティブ英語が洗練されてハイセンス、という格付けが、どこかに暗示されているかと思います。それを承知の上で、敢えて、お人形さんたちをカタカナ英語に、そして人間の合唱隊たちをネイティブ英語に喩えています。ただし、あくまでも喩え話として利用しているだけなので、決して、お人形さんたちが野暮ったくてマイナーだと思っているわけではありませんからね。

 そうは言っても、いつも自分が応援しているお人形さんたちをカタカナ英語に喩えるなんて、随分ひどいのでは、とも思われるかもしれませんよね。初めは、上でも書いたとおり、こちらの方がつつましいかなという謙譲の美徳からだったのですが、もう少し積極的な(?)意味も付与できるのかなとも思いました。


 カタカナ英語とネイティブ英語とについて、カタカナ英語ではネイティブ英語をは使う人と充分にコミュニケーションできない、ということが言われていたりしていると思います。その流れで、使えない学校英語が批判されたり・・・。

 しかし、最近読んだとあるコラムで、カタカナ英語でもキチンと使いこなすことが出来れば充分に意思伝達ができるはずだ、という趣旨の主張を目にしました。更に、そもそも英語というのは、それを使う世界中でそれぞれの流儀が並存しており、にもかかわらずネイティブ英語にこだわるのは、流行に流されるように、そのうわべを身に着けることで心理的安心を得ようとしているだけなのでは。というようなことも言っていました。日本語の中での、方言と共通語との関係にも似ていますが、もっとイビツなのかもしれません。自分が習ってきて使える範囲から英語を習っていけば、別にネイティブの発音や言い回しにこだわる必要は無いということです。


 これに引き付けて、今回のお歌の発表会の感想を改めてまとめると、まず自分の日頃親しんでいるカタカナ英語とネイティブ英語との文化の違いにちょっと戸惑ったというのは事実だったと思います。これには、新鮮な発見というのもある一方で、どうしてこれがあんなにも・・・と充分理解できなかったところもありますが・・・。

 そして、だからといって自分の親しんでいる「文化」について引け目を感じる(って言い方は正確じゃないかもしれませんが・・・)必要もないんじゃないのかな、とも思いました。細かな違いはあったとしても同じ言葉(?)なのだから、きっと伝わる部分も存在するはずだし・・・、また、その違いについても、それがその文化の特性であるとするなら、胸を張ってそれを大切にしていればいいのかなとも思いました(それを他の人どう受け取るかは人々の考え方次第ではありますが・・・)。パッと見では、素朴すぎて派手さは無いのかもしれませんが、使い方によってはぎっしりと中身を詰め込み、更にそこからキラリと光るものすら出すこともできる可能性を賭けてみたい、という思いもカタカナ英語という喩えには込められているのです。


 あと、そういえば、どこか競輪場でのお歌の発表会での思ったこと(こちらこちら)とも通じているような・・・もしかしたら、結論が裏返されるのかもしれませんが・・・。


 ということで、ひとまず大きく広げすぎてしまった風呂敷を一度畳もうと思います。とりあえず、今回の記事は総論ということで、今回のお歌の発表会の全体的な感想を語ったということにしたいと思います。

 次の記事では、各論ということで、今回の発表会で見た様々な合唱隊の感想と、肝心のお人形さん達のお歌の感想を語りたいと思いますそして、最後に、それらを書いていくことで膨らんでいったことをまとめていくつもりでいます。
 だけど、こうやって構想を立てても、その通りに行かないのがこのブログのお約束になっていますけどね・・・。後編はこちらになります(ちゃんと完結させることができました\(^o^)/:5月30日追記)。






p.s.コメントでもお返事を差し上げましたが、Red Queenさん、コメントをありがとうございます。勿体ないくらい素敵なコメントをいただきましたが、今回追加した分の文章がそのお言葉を損なっていなければいいのですが・・・。ちょっぴり不安です(^^ゞ。





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May 13, 2007

涙の価値は… ~Cutie Pai:Live at yamagiwasoft "777" vol.5~

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 秋葉原のヤマギワソフト・アニメ館4Fイベントスペースで開催される、Cutie Paiによる月1イベント、Live at yamagiwasoft "777"。今月は5月なので、当然5回目ということになります。

 また、今月はチッチの誕生月。チッチが泣くかどうか、という勝負もありました。でも、最初に会場全体で、ハッピーバースデーを歌った所で、勝負が決まりましたね(;^_^A 。
 でも、このバースデーサプライズの本当の盛り上がりは、きわサンによるチッチへのお手紙の朗読と、まゆちゃんによるバースデーソングの披露のところでした。きわサンによるお手紙は、チッチがCutie Paiに加入する経緯や、普段から仲のよいきわサンだからこそ言えるチッチの素敵なエピソードも明らかにされて、とっても胸を打ちました。チッチだけでなく、横で聞いていたまゆちゃんも感極まっていたような気も・・・。まゆちゃんによる歌も、まゆちゃんがチッチのことを思って作った曲らしい、とても暖かみのある曲でした。
 そして、今回の勝負はというと・・・、勝負なんてどうでもよくなった、という、まゆちゃんの言葉が 僕にとっては正解だと思いました(正解なんてものは、無いのは分かっていますが・・・)。だけど、その一方で、とことん勝負にこだわっている素振りを見せるきわサンも、きわサンらしいなと思うけど・・・それが彼女なりの優しさというか、何というか・・・。
 とにかく、驚く、驚かないとか泣く、泣かないとか、そういう次元を超えた内容だった、ということです。


[セットリスト]
1.Hello Cutie Pai!
2.恋の季節と君と僕
3.Cosmic少女
4.小っちゃな翼
5.プラモガ
6.Switch
7.こんなきわサンですが、ヨロシクね♪
8.Yell


 新曲の「こんなきわサンですが、ヨロシクね♪」は、きわサンが一人で歌う、Cutie Pai始まって以来の(いい意味での)馬鹿ソング。曲に入る前にコールの練習をしたのですが、そのコールの中身もきわサンらしくて、(いい意味で)いっちゃった感じです。実際にやってみても、(いい意味で)あっけにとられて、ぽか~んな感じです。
 ・・・と、「いい意味で」という言葉が連発されていますが、決して無理やりのフォローなんかじゃありませんよ。根本がしっかりしているから、こういう曲をやってもグダグダなだけで終わらないんですよね。むしろ、落差を感じて楽しめるわけです。でも、正直に言うと、(いい意味で・・・って、しつこいよっ!)完全にはちょっとついていけなかったかも・・・(というのは、イベント当日時点での感想です)。
 でも、楽しい曲であることは事実です。CDで聴いたら、また更に一層楽しめるかなとも思います。


 あと、「Switch」。この曲を再び見る事ができるとは思いませんでした。

 二人だった頃にはよくやっていた曲で、僕にとっては、「Tokyo Refrain」と並んで、マッキーの存在感を非常に感じさせていた曲でした。「Tokyo Refrain」の方は、3人でやっているのを見たのですが、「Switch」が出てくることは今までありませんでした。
 だから、もしかしたら、もう二度とステージで歌われることはないのかもと思っていました。こういう言い方が適切なのかは分かりませんが、CutiePaiの中のメジャーな曲の中で、現在の3人によって歌われてこなかった最後の一曲だったと言えるかもしれまえせん(といっても、マッキーまゆちゃんの時代のCutie Paiをそんなに長く見ているわけではない自分が、こういうことを言う資格があるかどうかは分かりませんが…)。

 そんな曲を、まゆちゃんとチッチの二人で歌います。こうなると、必然的に昔マッキーが歌っていたパートがチッチが担うことになるわけで、正直言って、大丈夫なのかという(余計な)心配も沸いてきます。イントロの所の振り付けで、まゆちゃんに抱きつくところとか、そのあと股をくぐる(と書くと凄い表現になりますね^_^;)ところとか、マッキーだからできていたと思われるような所が結構あったと思うし・・・。

 ・・・で、結果はどうかというと、まず、大きな違和感はなかったと(僕は)思います。少なくとも、「こんなの『Switch』なんかじゃない」ということにはならなかったと思います。先ほど具体的に挙げたところも、割と無難にこなしていたようにも思うし、最後まで見て、これなら十分いける、と思いました。
 現在の3人バージョンの「Tokyo Refrain」を見たときと同じような感想と言えるかな。そのときの記事が、こちらですが。ずいぶんと大げさな表現を使っていますね。思いとしては、それほど変わらないけど、「Tokyo Rfrain」での体験があったので、あのときほど思い詰めた感情は沸きませんでした。
 特に、今回の「Switch」の場合(「Tokyo Refrai」とは異なり)、マッキーの抜けた存在感をチッチ一人で引き受ける形でしたが、そのミッションを十分に果たしたと思います。位置的に、まゆちゃん、きわサンにどこか守られてというふうにも感じさせるようにもなってはいるけど、彼女は実はものすごくできる娘なんじゃないかと改めて感じました。もともと平均点が高いのですから、Cutie Paiの場合は。あまり期待しすぎたら、プレッシャーになるかなとも思っていましたが、もっともっと期待してもきっとやってくれるはずと思い直しました(でも、無理はしないで欲しいけど・・・)。
 それを踏まえて、今回の「Switch」の感想の結論を言うと、是非もう一度見てみたいということになります。そのときには、マッキーのやってきたことを単になぞるだけでなく、チッチらしさもより一層打ち出せるような形でやってほしいと思います。いままでも充分できているけど、きっと、もっとできる、そう思うのです。

 ということで、今回のイベントは、3人の個々のポテンシャルの高さ(特に、チッチ)を感じさせてくれました、それと同時に、3人の絆の深さを感じることもできたと思います。 


 次回は、6月24日(ヤマギワソフトのページだとこちら、あとCutie Pai Official Web Siteには「777イベントページ」もあります。次回のお知らせも出ていますね)。折り返し点になる次回は、CDが二種類リリースされるそうです。いつものシングルとして「雨のLove Song」というタイトルが発売されます。どうやら、今度はチッチのソロ曲のようです。もう1つは、限定40枚のミニアルバムです。そのせいか、少し間隔が空いてしまいますね。ちょっと寂しいかも・・・。


・・・ということで、とりあえず暫定版が出来上がりました。
もしかしたら、また気づいたことを書き足すかもしれませんし、別個の独立した記事にするかもしれません。
【5月13日17:29】

 そういえば、タイトルなんですが、すっかり投げっぱなしな感じになってしまっていますね。前回のイベントもそうですが、頭に思い浮かんだ言葉をタイトルにしていますので、その点をご理解ください。解説すると、・・・やっぱり今の時点では止めておきます。「涙の価値は・・・」のあとは、皆さんで付け加えてください。
 あと、ちょっと文言をいじっています。そのままでは、意味が通っていないところも多々ありましたね。ニュアンスも少し変えているところもありますが、「暫定版」ということでご理解くださいm(__)m。【5月14日7:32】

 いつまでも「暫定版」にしておくのもどうか、と思いますので、その言葉を消すことにさせていただきます。ひとまず、完成稿ということにさせていただきます。【5月16日1:50】



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May 11, 2007

「『キューティーパイ』萌え萌えライブ」再論、または、私的「萌え」論序説 番外編~ケーススタディ~



 さてさて、辺境の地の森の中で、ひっそりと営んでいるこの養蜂場。訪れる人も少なく、商品を購入してくれる人(=コメントを残してくれる人のことです)は更に少ないのですが、それでも毎日やりがいを感じて、この養蜂場を営んできました。
 そんな中で、この養蜂場始まって以来の大注文が舞い込んできたのです。今まである商品では、その注文には対応できないので、改めて新しく商品を開発することにしたのでした(・・・って、何をどう比喩しているか、分かりますでしょうかね・・・巧く表現できなくてゴメンナサイ、別に分からなくても、本文を読んでいただければ事情は把握できるかと思います)。



はじめに~この記事が生まれる経緯~


 さて、今回の記事は、5月1日に行われたCutie Paiの競輪場でのイベントについての感想の再論になります。具体的には、イベントのタイトルに入っている「萌え萌え」および「萌え」という言葉をめぐる考察になります。


 まず、この記事を書くに至ったのかについて、その経緯を説明させてください。はじめの前書きだけでは、訳が分からないでしょうしね。
 あの日のイベントの感想は、「『萌え萌え』とかじゃなくて」というタイトルで書きました。イベントタイトルを全否定しかねないような記事のタイトルを付けたことに、ちょっと不安を覚えましたが、記事の内容と合わせれば決して(僕の意図が)誤解されることはないはず、と思っていました。

 ただ、「萌え」という言葉については、自分なりのスタンスを固めておく必要があるのかな、とも思って書き始めたのが、「私的「萌え」論序説(1)~はじめに~」という記事になります。こちらは、自分が好きなもの(Cutie Pai)に対して修飾する言葉を(本能的に)拒んでしまった「萌え」という言葉をめぐって、いろいろ考えようとする連載企画です。


 こうして、「『萌え萌え』ライブ」をきっかけとして、一連の記事を投稿したら、思いがけない反響をいただきました。「私的「萌え」論序説(1)」に対して、紅薔薇さんから、大変充実したコメントをいただきました(こちらをご覧ください)。お返事でも書きましたが、訪れる人の少ない辺境ブログに頂くには勿体ないほどの内容です。直接は、「私的「萌え」論序説(1)」へのコメントなのですが、内容的には、Cutie Paiと「萌え」という言葉との関わりが主たる内容になるかと思われます。それに対してキチンとお返事しようとしたら、独立の記事になるほどの分量になりそうなので、こうして新たな記事として論じてみることにしました(それ以外の部分に対するお返事だけでも、随分な分量になってしまっていることだし・・・)

 ということで、5月1日のCutie Paiのイベントについて、前回の記事(「『萌え萌え』とかじゃなくて」)を投稿してから考えたことや、頂いたコメントを踏まえてもう少し考えてみたことを書いてみようと思います。

 最初に書いたとおり、イベントのタイトルに入っている「萌え萌え」および「萌え」という言葉をめぐる内容です。既に終わってしまったイベントのタイトルについて、こうしてこだわっているのも、正直言ってどうか・・・とも思います。タイトルなんて、「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」・・・なんてことを言われてしまうかもしれません(^^ゞ(・・・別に僕は偉い人じゃないけど・・・)

 もう1つ、「私的『萌え』論序説」の番外編としての位置づけもあります。まだ「萌え」について本格的には何も論じてはいませんのに、いきなり番外編というのもおかしな話かもしれません。ただ、スタンスがまだ明確になっていない今の段階で、「萌え」という言葉に対して自分が感じることを、きっかけとなったCutie Paiのイベントからを考えるのも、無駄ではないと思うのです。ですから、Cutie Paiのイベントをケーススタディとして、萌えに対する自分の暫定的なスタンスを明らかにしておく、という目的も付与されるわけです。


 以上、今回の記事が生まれる経緯を説明しました。Cutie Paiによるライブと「萌え萌え」または「萌え」という言葉との関わりについて論じていきます。ここでの問題を、2つに整理してみました。1つは、Cutie Paiに「萌え」という表現を用いることは、はたしてアリなのか?もう1つは、「萌え萌え」とかじゃなければ、いったい何なのか?・・・ということになります。




出発点としての「萌え」


 ここで考えるのは、Cutie Paiに「萌え」という表現を用いることは、はたしてアリなのか?・・・ということです。

 といっても、そもそも、そんなことは誰かが裁断するような問題ではないので、あくまでも僕にとってアリかどうかということになります。しかも、その結論自体よりは、その結論に至るまでどう考えたかを(読んだ人には)評価してほしい、とも思います。更に、
Cutie Pai一般というのは荷が重過ぎますので、今回のイベントに絞って考えていくことにさせていただきます。


 さて、実は答えは既にタイトルに出してあります。「出発点としてならアリかも・・・」ということになるかと思います。


 今回のイベントのタイトルを初めて知ったのは、会場となる競輪場のサイトでした。この言葉を見たときは、「萌え萌え」という言葉に凄く複雑な気持ちを感じましたが、それでも、分かりやすさを考えると、まぁこういう表現になるよなぁ・・・とも思いました。
 この言葉に具体的にどんな意味が含まれているか、と問われると非常に困るかもしれませんが、それでもこの言葉に何らかの勢いが含まれていることも事実だと思います。だから、その言葉によって人々が興味関心を引き付ける何かがあるのかもしれない、と期待することは、決して間違っていないのかも・・・と思います。

 あの会場で、「萌え」という言葉が人を引き付けるというのか、という問題はあるかもしれませんが、逆に、ああいうアウェイな会場だから有り得るとも思います。例えば、アキバで「『萌え萌え』ライブ」と銘打っても、そのタイトルだけで、果たして人を引き付けることが出来るでしょうか?「萌え萌え」なもので囲まれている場所で、そんなタイトルを掲げてもインパクトが弱いだろうし、かえってそのセンスが疑われると思うのですが・・・。

 あと、これは消極的な理由になるかもしれませんが、「萌え萌え」という言葉以上に多くの人を引き付けるタイトルがあるのか、という側面もあります。私は、今のところは、思い浮かびません。


 だから、「出発点としては」アリなのです。




 しかし、「萌え萌え」という言葉によって、ある程度の人々を引き付ける可能性が期待できる一方で、その言葉によってかえって反発する人々もいることも事実だと思います。それは、「萌え」という言葉に対して、どこかネガティブなイメージを持っている人々です。
 コメントを頂いた紅薔薇さんの発言によると、

 結局『萌え』といった言葉を使った瞬間に物凄くそのモノの価値が安くなってしまうような気がするのです。恐らくその辺の意識が彼女達を『萌え』と呼ぶことに対する嫌悪感になって現れていると思うのですが…

とありますが(こちら)、これはそういった人々の思いを的確に表現していると思います。


 こうしたスタンスを説明するのに、これ以上の言葉はないかもしれませんが、僕の場合で説明すると、こうしたことも感じました。

 もし、知らない誰かが、こうしたタイトルでイベントをやったとしたら、例え無料で時間的余裕もあってすぐ近くの場所で行うことを知らされても、それに行くことはあまりあり得ないな、と思います。もし、何かのそのイベントに参加したとしても、かなり懐疑的な思いを抱きながら見始めることになるかと思います。

 何故かというと、紅薔薇さんがおっしゃるような、「萌え」という言葉に含まれる安っぽさというのもありますが、もう1つ、外から与えられる「萌え」への違和感というのもあります。今回の場合、更に「萌え萌え」と、言葉を二つ重ねた言葉がタイトルとしてつけられることによって、どこか感情を押し付けられるような感じもするのです。


 これはこれから考える必要があるかもしれませんが、本来「萌え」というのは、自分が内発的にその対象から見出していくものだったですが、その言葉が流行して定着してしまうと、自ら見出す前に既にその言葉がレッテルとして貼られてしまっている、という側面があります。そうなってしまうと、自分の中から沸き起こる感情を表す言葉としての「萌え」と、いう本来の勢いを持った意味合いから外れて用いられて非常に強く複雑な思いを感じさせたのかもしません(おそらく、こうした使われ方が増えていっていることも、「萌え」という言葉が安っぽくなった言葉になっていまっている理由なのかもしれませんね)。


 こうした場合、「萌え」という言葉でネガティブな印象を与えてしまうのかもしれません。しかし、この言葉はあくまでも出発点に過ぎないと考えれば、別に、それほど深刻なことではないのかもしれない、と言うことができます。この言葉で足を向けなくなってしまうとすれば残念かもしれませんが、これについては他にどうしようもできないと思います。
 しかし、少なくとも違和感を持ったとしても、実際のステージを見れば、「萌え」という(こういった人々にとっての)ネガティブなイメージを吹き飛ばす可能性があると思うからです。ただ、こういう人々があの会場にそんなにいるのか・・・というと、皆無とは言いませんが少ないとも思います。そこまで「萌え」という言葉について真剣に考える人なんていないんじゃないかとも思いますし・・・。


 以上を踏まえると、タイトルの「萌え」というのは「出発点としてはアリ」ということになるのです。いろいろな足し引きをしてみたら、決してマイナスではなかったのかな、とは思うのです。ただ、あくまでもそれは出発点での話に過ぎないという評価です。それで、ある程度興味関心を引き付けるのであればラッキーだし、そうでないとしても、それはあくまでも入口に過ぎず本質部分じゃないから決して深刻ではないとも思います。
 ということで、出発点とか入口といったところから、どの本質部分へと話が移ることになります。そこでは、「萌え」という言葉はどうなるのかということは、次の項での話になります。




「萌え萌え」じゃなくて・・・再論


 Cutie Paiのライブに「萌え」という言葉を使うのは「出発点としてはアリ」だとは思います。しかし、Cutie Paiのステージの中身を表現すると、やはり「『萌え萌え』じゃなくて」という言葉を僕は選びたいと思うでのす。「萌え萌え」じゃなければ、何なのか?、というのがこの項の課題ですが、その前提として、Cutie Paiは何故「萌え萌え」じゃないのか?という問題もあるかと思います。それを踏まえたうえで、「萌え萌え」じゃなくて何なのか、ということを論じていこうと思います。

 このあたりについて、前の記事ではこう言っています(最後の方の段落です)。

 (会場の人々の心のどこかに刻まれるものがあったとしたら)それは「萌え」という今流行りの記号によって導かれた訳ではなく、毎回毎回のステージに際して、当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していったことの結果だ、とも思いました。

 実は、あの記事では、自分としてはこの一文が一番言いたかったことなのですが・・・。この記事では、この一文をもう少し詳しく説明していくことになるかと思います。


何故「萌え萌え」じゃないの?

 まず確認しなければならないこととして、「萌え萌え」じゃないと言っても、CutiePaiを否定的に見ているわけではありません。これは大丈夫ですよね。

 次に、Cutie Paiに萌えが全く見出すことが出来ない、というつもりもありません。これはどうでしょうか。「『萌え萌え』じゃなくて」なんて言い切ってしまったから、もしかしたら、そうは思っていいただけないかもしれませんね。
 その辺を巧く切り抜けるとすると、「萌え」というものが積極的に用いてこなかったような人間が、そもそも「萌え」が見出すことが出来るかどうか、なんて判断できるはずがありません。・・・といって逃げる切ることが出来るかどうかは分かりませんので、もう少し続けましょう。「萌え」が見出すことが出来るかどうか、なんて人それぞれの判断でしかありません(・・・というのも逃げですよね(^^ゞ)。ですが、世間一般的に言われていることをある程度踏まえて、自分が敢えて判断したとしても、いわゆる「萌え」の要素はあるとは思います(「萌え」を充分理解したとはいえない自分が言ったとしてもあまり説得力はないのですが・・・ということは承知の上で言っていることとご理解ください)。

 ただ、その要素を「萌え」という言葉の方向に持っていって表現しようとは思わないのです。たとえ、客観的にみて「萌え」要素があったとしても、主観的には「萌え」という言葉を使って、Cutie Paiのことを語ろうとは(現時点では)思わないのです。これが、Cutie Paiの本質部分における、第一の主張です。


 それでは、Cutie Paiを語るのに、何故「萌え」という言葉を使わないのか、ということが問題になると思います。それは「萌え」という言葉では、その素晴らしさを語るにはあまりにも頼りなさ過ぎるからです。

 「萌え」という言葉は、現時点で世間一般的に明確な意味を持っている言葉ではありません。また、この言葉を使う個々人にとっても、必ずしも明確な意味を持って使われている言葉というわけではないことも多いと思います。雰囲気的には、多くの人々を引き付ける勢いを持った言葉かもしれませんが、その具体的な中身については、明確で普遍的なものを見出すことが非常に難しいと(現時点では)思います。そんな不確かな言葉なんかでは、この素晴らしさを語ることはできないのです。これが、第二の主張になると思います。


 ただ、不確かな言葉であると思っているのは、「萌え」という言葉をキチンと理解していないからだ、という可能性はあるかもしれません。普遍的に通用する形で、もしくは僕個人が充分納得できる形で「萌え」という言葉に明確な意味を付与した上で、この言葉が使えないかどうか・・・というと、もしかしたら使うことが出来るかも・・・という可能性はあるかもしれません。そこは、もう少し考えようと思います。


「萌え萌え」じゃなければ、何なの?

 自分にとって、Cutie Paiの素晴らしさは、「萌え」という不確かな言葉で表すことができない、というか、表してはいけない、と思うのです。だとしたら、どうやってその素晴らしさを語るのか、ということになると思います。

 逃げるわけじゃありませんが、現時点で、これだ、と明確に言い切れる回答はありません。それを語るにはまだまだ未熟だと思います。このブログでこれまで書いてきたことと、これからいろいろなイベントを見たり、CDを聴いたりすることによって、それを具体化し明確にしていきたいと思っています。


 ・・・なんて言っていると、とても優等生でありきたりな発言で終わってしまうので、今回のイベントを素材にして、もう少し踏み込んでみたいと思います。


 「萌え」という不確かな言葉では、その素晴らしさは説明できない、と書きましたが、こう書いてしまうと、Cutie Paiの素晴らしさというのがどこか非常に特殊なところにあるような書き方になっているところもあります。あまりこういう方向に行き過ぎると、Cutie Paiだけが、他とは異なる特別な存在だという位置づけになってしまい、語っていて独善的になりそうな感じもします(・・・語っている僕自身が独善的になる、ということです)。

 しかし、僕自身は、決してそんな形を望んでいませんし、そうならないような形で表現しようと思っています(「萌え」という言葉に頼らないのも、そういうことがあるのかも)。できるだけ、自分が受け取った感動を、できるだけ広く普遍的に理解可能な形で表現しようと思っているのです。なかなか難しい課題だと思うし、上手く言っているかというとまだまだだと思いますけどね。


 そんな意識も背景に持ちながら、先ほど前の記事から引用した言葉で言うと、「毎回毎回のステージに際して、当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していったこと」というのが、Cutie Paiのステージの素晴らしさの本質の一端なのではないか、と思います。ここでいう「当たり前のこと」というのは、歌と踊りを通して目の前にいる人々を楽しませること、だと言えます。

 今回のイベントでは、その部分に関して、Cutie Paiというのは非常に柔軟性があるな、と思いました。いつもとは異なる客層というか雰囲気を持っていたイベントだったからこそ、それを見ることができたと言えます。端的には、曲の選択に表れていましたが、それだけではありません。

 凄く些細で、僕が読み込みすぎなのかもしれませんが、あのステージでは、「私たちは、見ての通り、お人形です」というお決まりの自己紹介を一切使わなかったことにも表れていたのでは、と思うのです。「萌え萌え」というのを追求するなら、あのセリフはアリというか必要とも言えるかもしれませんが、(いつものライブハウスでなく)あの会場で歌と踊りのステージで目の前にいる人々を楽しませるという目的にとっては、必ずしも必要なセリフではないと思います(むしろ邪魔・・・というと言い過ぎかも知れませんが、たぶん出てきたら引いてしまうかも)。どういうつもりで使わなかったかは、本人たちでなければ分かりませんが、「新人アイドル」(新人ねぇ・・・、という思いもありますが[笑])という分かりやすい言い方で自己紹介したところに、初めて目の前で見てくれた人々に対する柔軟な誠実さが表われていると思います。

 こう書くと、単に客に媚びているだけなのじゃないのか、という意地悪な見方も出てくるのかもしれませんが、決してそうではありません。今まで見たことがないようなタイプの雰囲気に合わせながらも、きちんと自分たちのスタイルも維持できる形で、ステージを作るあげることができているのが、Cutie Paiだと思います。だから、あの日のイベントは、いつもと違うところがあったとしても、やっぱりいつものCutie Paiと同じように充分楽しむことができたと思うのです。


 このように、毎回毎回のステージに際し、見に来てくれた人を幸せにするという当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していることが、「萌え萌え」という言葉を超えた、Cutie Paiの素晴らしさである、というのが、現在の暫定的な結論であると言えるでしょう。




結びに変えて


 「萌え萌え」という言葉とCutie Pai。入口としては「萌え」という言葉はアリだとは思います。ただ、Cutie Paiの素晴らしさの本質を、この言葉に頼っていては言い尽くせないと思うのです。「萌え」という言葉は、本当に素晴らしいものを語るには、あまりにも頼りなさ過ぎます。そして、Cutie Paiは、そんな頼りない言葉を用いるのではなく、確かで普遍的に表現な可能な言葉で表現していきたいし、こうした表現で表されるべき要素こそがその素晴らしさの本質だと思う・・・これが、今回の結論になります。


 ということで、ひとまず最後まで議論を持ってくることができました。まだまだ充分伝え切れていない点は多々あります。ですが、またどこかの機会で、こういった内容を語ることがあるかと思いますので、その時にはもっと洗練した議論をしたいと思います。
 もともと、最初の記事を投稿した後で、「『萌え萌え』じゃなくて」何なのか、という点については追記しておこうかとも思っていました。こういった形で、独立した記事になったのは、紅薔薇さんによる充実したコメントのおかげです。頂いたコメントから多くの着想を得てはいますが、今回の記事における考えの責任はあくまでも自分にあります(こんなに長くなったのも、ひとえに僕の責任です)。改めて感謝申し上げます、ありがとうございましたm(__)m。




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May 01, 2007

「萌え萌え」とかじゃなくて

「萌え萌え」とかじゃなくて

 東京は調布にある競輪場で開催された、Cutie Paiのステージに行ってきました。
 10分程度のステージが二回。今回はそれだけのために上京する、…自分のやることながら、よくもまぁとも思います。それでも、帰るときには来て良かったと心から思うのです。
 今回もきっと…と思いながら、東海道を東に上ります。


 さて、「萌え萌えライブ」というとても分かりやすい(…と言うより、安直な)タイトルなのですが、どちらかというと、萌え萌えなのは、アニメ声の司会のお姉さん。
 Cutie Paiのステージとは関係ないけど、このお姉さん、競輪予想のコーナーでも、予想をするオジサン相手にドジッ娘ぶりを発揮。やっぱり、こっちの方がよっぽど…、と思いました。
 ちなみに、この文脈での「萌え萌え」。私にとっては、ちっともプラスの評価じゃないんですけどね(だからといってマイナスの評価というわけでもありません:5月2日7:30追加)。別に、司会のお姉さんに悪印象を持っている訳でもありませんが…。

 そんな中でも、Cutie Paiのステージは、1ステージにつきたった三曲の短いものだったけど、いつも通りに…
…と思ったら、客層に合わせてか、キャンディーズの「年下の男の子」をもってくるあたり、当たり前だけど、手抜きないですね。
 本来ここにやって来るような初めてのお客さんも、ステージを見るために沢山集まっていて、充分盛り上がった、といっていいと思います。盛り上がりすぎた、というか、出来上がってた人もいたけど…。彼女たちも、上手く合わせて、逆にプラスに変えてたと思う(…根拠ないけど)。
 全体的に、楽しい雰囲気は出てたと思います。失礼を承知で言えば、もっと生ぬるい空気が流れると思っていました。

 逆に、いつもCutiePaiのイベントに足を運ぶ人々の方が、ちゃんと自分のスタイルで楽しめたかどうか…(僕は最初戸惑ってしまいました…まぁ、あくまでも、僕の思い込みです)。
 でも、別に無理をせず、自分のやりやすいスタイルで楽しむのが一番だと「僕は」思いました。

…と、ココまでが、一回目のステージを見た上での感想。


 二回目のステージも、一回目と同じように人が集まってききました。一回目よりも雰囲気は暖かくなっていると思います。
 ただ、途中から雨が降り出してきました。客席には屋根がないので、立ち去る人も多くいましたが、その一方で最後までステージを見ている人も少なからず存在していました(いつも来ている人は除いてもデス)。

 それが、今日のステージを象徴していた、といえるかもしれません。


セットリスト
一回目
1.Hello! Cutie Pai
2.年下の男の子
3.新しい日
二回目
1.年下の男の子
2.小っちゃな翼
3.Yell


 二回のステージに分かれていましたが、合わせて一つと考えたらいいのかもしれません。でも、衣装が替わっていましたね。本当に、手抜きないよな…。これこそが、Cutie Paiだと思います。
 二回も「年下の男の子」をやらなくても、とも思いましたが、でも結構受けていたから、アリなのかなとも思いました。きっとこういう機会でしかお目にかけることができないと思いますし…。
 「小っちゃな翼」は、こういうところでやっても無敵なくらい、最高に素敵です。


 あの場に居合わせた多くの人々にとっては、今日のステージはきっと一期一会なのかもしれません。でも、あの時間のうちのある瞬間には、多くはないのかもしれませんが決して少なくもない人々の心に、何かしらの刻まれるものが存在していたのではないか、と思うのです。
 そして、それは「萌え」という今流行りの記号によって導かれた訳ではなく、毎回毎回のステージに際して、当たり前のことを手抜きなくしかも無理なく追求していったことの結果だ、とも思いました。何も知らない分、余計な情報に左右されることなく、その本質に触れることができているのかもしれません(そのことに自覚的な人は少ないかもしれませんが)、…と言うのは、少し言い過ぎかもしれませんが…。
 だからなんだ、と言われても、そう思っただけです、としか答えるしかありませんが、そんなことを考えたのでした。


 確かに、時間は短かったかもしれませんが、中身はギュッと凝縮されていて、しかもその本質も再認識できた、貴重な機会になりました。


(追記) その1  技術的なお詫びです。  この記事、一度投稿したのですが、少し携帯電話の方から編集したら、なぜか後半部分が削除されてしまいました。ですので、再度同じ記事を投稿した上で、前に投稿した記事を削除しました。お見苦しい形になってしまい、大変申し訳ありませんでした(5月2日7:30)






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April 27, 2007

ど真ん中のストレート:Cutie Pai『小っちゃな翼』 ~月に一度「お人形」たちからの贈り物(4月編)~

 2007年は毎月CDを出しているCutie Pai。今月のCDは『小っちゃな翼』です。発売されたのは、先週の日曜日(そのときのイベントに関してはこちら)なのですが、先月に発売されたCD『cosmic少女』を差し置いて、紹介記事を投稿させていただきます。

 このCDの紹介記事を一刻も早く投稿したいという思いからの措置なのですが(というわりには結構日が経っているし、思った以上に難産でしたが・・・)、別に『cosmic少女』の位置づけが軽いわけではありません(このブログの他の記事も読んでいただければ分かると思いますが・・・)。
 こちらのCDについては、他の記事でも、部分的ではありますが、既に触れてはいます(例えば、こちら)。もちろん、それではまだまだ語り尽くせてはいないという思いもありますので、きちんとした記事にまとめたいという意思はありますが・・・。しかも、こちらのCDを語るのは、自分の表現力では結構しんどい作業でもあるので、少し後回しにしてじっくりと構想を練っている最中ですので、ご理解を・・・。

 今回のCDに収録されている曲は「小っちゃな翼」の一曲(あと、カラオケも入っています)。ということで、収録されている曲は一曲だけなのですが、その一曲が充分な存在感を持っているのです。前月の『cosmic少女』からガラリと印象の異なる曲を出してきたのでした。

 勢いのあるアップテンポで、爽快な疾走感あふれる曲に仕上がっています。今までのCutiePaiには無かったタイプの曲だと思います。
 似たようなタイプということで思い浮かんだのが、爽やかでテンポのある曲という繋がりで、「Yell」が浮かんだのですが、やっぱり違いますね。「小っちゃな翼」の方が、ずっとテンポが速く、勢いが強い感じがするので、やはり異なるタイプではあります。
 でも、どこか通じるものがあるという思いもありますが・・・。どうなんでしょうかねぇ。

 実は、自分にとって、Cutie Paiという存在は、それまでの音楽の好みの傾向から考えると、今まであり得なかったタイプの曲で自分の興味を引き付けてきた、と言えます。
 だからこそ、それだけ現在ハマっているのだと思います。必ずしも自分の好みではないタイプの曲でも、しっかりと聴かせてくれるというだけの曲を作り、歌ってくれているというだけの力量の凄さが、自分を引き付けているわけです。
 つまり、好みのストライクゾーンで言うと、Cutie Paiの曲は、(従来の)ストライクゾーンの中に収まるというよりは、(今まで聴いてきたことのないタイプの曲によって)ストライクゾーンを広げてきたと整理することができます。

 これに対して、この「小っちゃな翼」は、自分の好みのストライクゾーンの真ん中にバシッと決まるストレート、といった感じの曲なのです。もう少しこの例えを使って、議論を展開させると、どちらかというと、力で押すよりも技でかわす技巧派タイプだと思われていたピッチャーが、力一杯の剛速球を投げてきた、しかもそれがすさまじいほど力のある球だった、ということになります(・・・って、野球に詳しくないとちっとも分からない例えですね(^^ゞ)。
 そもそも、僕にとっては、爽快な疾走感あふれる曲というのは、それだけで素晴らしい曲であることを意味しているかもしれません。他のアーティストに目を向けても、熱狂的にハマる曲はこのタイプに入っていることが多いのです。
 そんなタイプの曲を、自分の大好きなCutie Paiが今回出してくれて、これにハマらないはずがありません。こういう曲を出してくれるのをずっと待ち望んでいた、というつもりはないのですが、それでも好きなタイプの曲が出てきてくれるとやっぱり嬉しいものです。
 こう書くと、あくまでも自分の主観的な好みの問題に過ぎないのかもしれませんが、それでも、今までにないタイプの曲をこうやって送り出すことができる、しかもそれが、ちゃんとCutie Paiの曲として充分のクオリティを持たせている、という、その幅の広さと力量はやっぱり凄いと思います。

 始まりの歌い出しの部分も、曲の盛り上がりを期待させてくれます。イベントで初めて聴いたときには、ここでまず気持ちが震え上がりました。そして、前奏が続き、Aメロがテンポよく繰り広げられる、心だけでなく体も動かされます。そして、3人によるサビの部分の畳み掛ける感じが、爽やかさや疾走感とともに力強さをも感じさせる、今までにないタイプのCutiePaiのハーモニーが展開されるのです。

 また、曲の詩の世界も素敵だと思います。自分は、あまり詩について云々いえるキャパシティを持ち合わせていませんが、どこか懐かしくもあり、胸がキュンとする世界が展開されています。夢を目指して離れてしまった好きな人に会いたいと思う、女の子の一途な思いが、曲の勢いともに強く心を動かす、といった感じです。特に、サビの部分の短いフレーズの繰り返しが、切実な願いが込められた気持ちを感じさせてくれます。

 もしかしたら、オリジナリティというか、独創性というか、更にはCutie Paiらしさという点では、前の月の『cosmic少女』の二曲の方が高く評価されるのかもしれません(もっとも、これも、いくつもある側面のうちの1つの側面の究極としての位置づけではありますが・・・)。他のアーティストによっても、今回のような曲は聴けるのかもしれません。
 しかし、たとえそうであったとしても、自分にとって、CutiePaiの曲の中で、かけがえのない一曲になったと思います。

 ということで、たった一曲のCDの感想をここまで長く書いてしまいました。まだまだ語ろうと思えば語れますが、これ以上書くと、ただでさえ崩れかけている構成が、ぐちゃぐちゃになりそうなので、今回はここまでにします。
 イベントについても同じようなことを書いていて、またかよ、と思うかもしれませんが、毎回毎回期待を高めているのに、それを更に上回るクオリティのCDを出してきます(しかも、毎月ですよ)。一体なんなんでしょうかね?まったく、化け物か?・・・ホントごめんなさい、もちろん素敵なお人形ですよね、分かっていますよぉ・・・でも、そんなことを口にしたくなるようなほど凄まじい展開だと思います。

 来月のCDも、あっと驚かされるんだろうな・・・きっと。


[ Cutie Pai Official Web Siteにおいて、ヤマギワソフトでの月一イベント、Cutie Pai Live at yamagiwasoft "777"のページが開設されたようです。こちらには、次回のイベントの情報の他、これまでに発売されたCDも紹介されています。曲の試聴もできますよ。興味を持った人は是非行ってみてください。(2007年4月27日追記)]





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April 22, 2007

素敵な曲に素敵な意味が与えられる瞬間(とき)~Cutie Pai LIVE at yamagiwasoft "777" vol.4~

 毎月恒例の、Cutie Paiによるヤマギワソフトでのイベント「LIVE at yamagiwasoft "777"」に今月も参加することができました(!?)。4月は、きわサンの誕生月ということで、それをお祝いするサプライズもありました。今回も芸が細かいな、と思いました。何より、こうしてお祝いの気持ちを贈り、それを受け取ってもらえる場が存在するということが、(お互いにとって)非常に幸せなことなんだな、と改めて思いました。

 そして、そういった「きわサン、お誕生日オメデトウ!!」という側面は、僕にとっては、今回発表された新曲「小っちゃな翼」にその全てが集約されたのでした。
 というのは、この曲が歌われる前に、きわサンから曲に対する想いというか自分なりの解釈というのが語られたのですが、決して器用とは言えない言い回しながらも一生懸命に伝えようとする姿に心を打たれたのでした。その伝えようとした内容にも感動したのですが、そのことによって、これから披露される曲にとても素敵な意味が付与された、と思います。
 これによって、この曲の運命が決まった、というと少し大げさかもしれませんが、でも後から考えても、あの場であの言葉がなければ、この曲をこれほどまでに感動的に受け止めることができなかったと思います。
 曲自体の素晴らしさはもちろんあるのですが(それについては、CDを聴いての感想をかいたこちらで)、その曲を受け止める際には、その曲にいかなる意味を与えるかといった要素も非常に大きいのだと感じました。本来、それは、曲を受け止める個々人によって異なるものかとは思いますが、あの時のきわサンの発言によって、それがかなりの部分で共有され、この曲が初披露されたときに非常に一体感のある空間ができたのではないか、とも思うのです。
 そんな感動的な一曲が、きわサンの誕生を祝う場で初めて発表されたということで、きわサンに対する様々な想いもこの曲に集められたのでした。
 ちなみにこの曲、イベント本体(という言い方でいいのかな?)だけでなく、CDのサイン&握手会が全て終わったあとにも、もう一回披露されました。だから、イベントで二回だったのです。

 今回のイベントは、何より「小っちゃな翼」が最高だった、とまとめることができますが、他にも印象深かった曲も(当然)ありました。
 まずは、「ライフ」。前に見たのが、2月のヤマギワイベントだったようですが、割と久しぶりに感じますが、この曲もやっぱりいいですね。静寂な曲調の中のかすかな動きの表現がものすごく巧みに感じます。透き通るまゆちゃんの歌声に、さわやかなチッチの歌声が重なり、その中をきわサンの振り付けが冴え渡る、といった具合で、これはステージでしか見られない素晴らしさです。
 あと、「ジェニーはご機嫌ななめ」。これは、CutiePai唯一のカバー曲ではありますが、アレンジがカッコいいなと思いました。もちろん、歌も振り付けもポップかつキュートでCutie Paiらしさが出ているのですが、最近この曲のアレンジにも興味が向きました。イントロや間奏のところ(特にギターの部分)がいい感じだと思いました(・・・というか、今となっては、オリジナルがどんな風だったのかが思い浮かばないのですが・・・(^^ゞ)。  ちなみに今回歌われた曲は、ここで挙げた曲と最初の「Hello! Cutie Pai」、最後の「Yell」以外に、「キミはあたしのモノ」「僕のニャンコ」「新しい日」があったと思います(順番は、やっぱり思い出せませんでした(~_~;))。
 先月発売されたCDの二曲「cosimic少女」や「プラモガ」が今回外れているのも、よく考えれば凄いなと深読みできたりするかもしれません。これらは先月発売のCDの曲だからかもしれませんが、あれだけの名曲をあっさりと外している(かどうかは分かりませんが・・・)のも、それ以外に理由があると思うのですが・・・。もしかしたら、この二曲(のいずれかが)が登場してたら、今回の「小っちゃな翼」の印象が薄まるのかもしれないし・・・と、いろいろ考えるのも楽しいですね。


 ということで、毎回毎回その瞬間(とき)にしかできない素敵なイベントが繰り広げられています。イベント自体は、毎月毎月と続くものかもしれませんが、1回1回がその時にしか見られないものを見せてくれています。そんなことは、どこのイベントでも言える当たり前のことではないか、と思うかもしれません。理屈で考えればその通りかもしれませんが、気持ちの面で心からそう思えるイベントって、そんなに多くはないと思います。人によって、そう思えるイベントは様々かとは思いますが、現在の僕にとっては、このイベント(のシリーズ)こそがそう思えるものなのでしょうね。

 ちなみに次回は、5月13日(日)です。あまり間隔が空いていませんね。くわしくは、(ヤマギワソフトのイベント情報より)。



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小っちゃな翼でも、大空を羽ばたくことだってできるはず〜Cutie Pai〜LIVE at yamagiwasoft "777" vol.4〜

 今回の新曲、個人的には、前回のCDの二曲よりも、更にいい曲だと思いました。まだ、きちんとCDで聴いてはいませんが、イベントで2回(!!)歌ってくれて、そう確信しました。

 詳しい事は、また後日。
 いつもだと、曲目を載せたりするのですが、ごめんなさい。どの曲を歌ったのかは、確実に覚えているのですが、曲順の記憶が定かではないのです。もっと大切な事があったので、記憶が吹っ飛んでしまいました。

追記:そこには、涙と感動があったと思います(僕は涙を流してはいませんが…)。
追記(2):CDで聴いたら、最初の感想はより一層強い確信になりました。まぁ、「個人的には」という部分を強調しておいた方がいいかもしれませんけどね。



 いつもだと、イベントが終わった直後のリアルタイムの投稿の上に、詳細な記事を上書き更新しています。
 それに対し、今回はイベント終了してから、何度か追記を載せました。携帯からブログの更新が可能になったため、そういうことができるようになったのですが、それを見ていると、イベントが終わって、少しずつ時間が経過していくその時々のリアルタイムの気持ちが出ていて、これはこのまま生かしたほうがいいかな、と思いました。
 ということで、イベントに関してより詳しく語るのは、改めて別の記事に書いた方がいいかなと思いました。ということで、詳しいことは別のこちらの記事をご覧ください。

 改めて、上のイベント当日の記述を読むと、イベント自体のこと、というより、新曲のインパクトの大きさについて語っている比重の方が大きいですね。それだけ、この曲を初めて聴いたときの衝撃が大きかったと言えます。もっとも、あのイベントの場であったこそ、あれだけの大きな衝撃を受けたという側面もあるのですが・・・、その点は詳細記事で詳しく触れたいと思います。
 あと、この記事のタイトルについてですが、ヤマギワソフトのイベントに関する記事のタイトルは、いつも会場を出てからそれほど時間が経たない間に思いついたイメージで付けています。今回のタイトルは、チョットこれでよかったのかな?、という思いもあります。自分の気持ちとしてはこれでOKなのですが、素敵な歌詞の世界を損なってしまっていないか少し気になるところです。






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